人として人と出逢い

2015-11-13
「人として人に迷い
 人として人に傷つき
 人として人と別れて」(海援隊「人として」より)

先月、芸儒家派遣事業で訪れた比較的大学に近い小学校で、週に1回朝の「読み聞かせ」時間を確保しているという話を伺った。校長・教頭先生をはじめ司書教諭の方も「どなたか学生さんがいれば、お連れください」と言っていただいたので、お言葉に甘えてまずはゼミでこの趣旨に賛同する者を募った。すると4年生女子2名が名乗りを上げてくれた。この日はその2名を伴い、朝からその小学校を訪問した。約30分という余裕ある時間の中で、絵本を使用して子どもたちと交流し夢を抱かせる。簡単なようで一筋縄ではいかない所業である。読み聞かせるのみならず、絵本内容に関するクイズを出したり、ことばあそびの要素がある絵本をともに早口言葉で声に出してみたりと、学生たちなりに趣向を凝らしたプログラムを用意していた。

正直なところプログラムの企画内容や構成には、更なる工夫が必要であろう。だが、教員として現場に出る前のこの時期に、子どもたちと日常から生で触れ合える機会は貴重である。当該小学校の校長先生と前後に様々にお話をすると、やはり「教育は人です」という言葉が大変重く僕の胸に響いた。最先端のICT教育の導入や事務仕事が多様で多量になる教師の置かれた環境で、今こそあらためてこの言葉が活きるのだと悟った気がした。子どもたちへも「人として」、そして教員組織の中でも「人として」どう向き合って生活するかということである。若い頃から様々な学校で教員経験を積んで来た校長先生が、まさに「人として」僕や学生たちに語った「生きた言葉」であった。冒頭に記したのは「金八先生」の主題歌にもなった歌詞の一節であるが、あれから30年以上の時を経た現代でこそ反芻すべき言葉かもしれない。効率を第一とする経済的数値で何もかもが計量される暗澹たる世相の中で、いまあらためて現場の校長が語る「人として」を未来に希望ある学生たちとともに体感できたのは、誠に貴重な機会であった。

「金八は幻想に過ぎない」
教育現場でよく語られたことであるが
「それでも人しか愛せない」という教育の根幹に言い訳はいらない。
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