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研究授業準備での胸の高鳴り

2015-10-28
構想し準備するとき
現実にどうなるのだろうかという不安
同時に試案を実現する胸の高鳴りも・・・

昨年度は附属中学校、今年度は附属小学校で研究授業を行うよう指名いただいた。教科教育法を担当する大学教員として、自らが現場で授業をできなくてどうするのだろうか?そんな疑問を以前からもっていたので、こうした場を与えていただいた附属校の先生方には、心から感謝申し上げたい。今や「教育」は「恊働性」と「能動性」を鍵として、新しい地平に踏み出した感がある。いや従前からこれらの理念はあれど、なかなか現場の感覚として定着してこなかったといった方が正確かもしれない。僕たち教員養成に関わる大学教員自身が、「自己批判」の視点を存分にもって教育・授業のあり方を問い直していくべきである。こうした意味で、附属校での実践授業機会は大変貴重である。

日頃は学部生や院生の学習指導案に対して、批評し意見を述べている立場であるが、今回は自らが指導案を提起する。そこに刻まれた文字が、現実に「授業」となると思うと、期待感で胸が一杯になる。1回のみの「投げ込み授業」ではあれど、児童らに「国語」の楽しさを存分に味わってもらいたいという希望を込めた指導案を作成した。更には教材開発したプリントを作り、黒板に貼付ける掲示物を毛筆で書き連ねる。作業の随所で想像するのは、児童らの反応である。果たしてこちらの思惑通りに事が運ぶや否や。期待以上かもしれないと思うと同時に、敢え無く構想は敗れ散るかもしれない。だがどう傾いたにせよ、人と人とが「文学」を介して豊かなことばを交わす45分間が、儼然としてそこに立っている事実はあるはずである。

理論と実践の融合
そんな机上のことではなく泥臭く自ら現場の教壇に立つ
この胸の高鳴りを聞くに、やはり僕は「教師」なのだと自覚する。
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