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空気は読むものにあらず吸うものなのだ

2015-10-27
大都会の雑踏から生還
大海原と山の樹木が作り出す新鮮な空気
やはりこの地方がよいと実感するひととき

いまこの生を維持するのに、不可欠な空気。だがそれほどに大切なものに、我々は無頓着だ。異質な対象物があると物事が見えやすくなるとは、昨日の小欄にも記した趣旨だが、大都会と地方の空気の差を実感するときほど、後者の恩恵のうちに生きているのだと気付かされる。ともすると迅速と喧騒と密集の蠢きに乗ってしまいそうな都会育ちの心性は、真に人として生きるために重要なものを嗅ぎ分ける理性をもつことができるようになったのかもしれない。つい先日も地域の書店で、「地方移住」をテーマにした雑誌や書籍が特集されているのを見た。人間らしく生きるとは、新鮮な空気を吸うことに象徴されるだろう。

ある学生が「空気を読んでいては、空気は変わらないんです」と発言したと、天声人語に教えられた。この「空気」なる語彙は、ここ10年ほどの間に粛々と社会で醸成されてきてしまった悪意ある罠のように思えてならない。多くの人が気付かぬうちに、事態は着々と蔓延している。まさに悪性腫瘍の恐怖のごとく、社会の奥深くに病巣を張り巡らしている。それが1940年前後の雰囲気と似通っている、という指摘も随所でされている。あまりにわれわれにとって無自覚に、「空気」は汚染され続けている。「公害病」の歴史を見れば、僕たちはこの社会が如何に悪辣な病いに侵されているかを明白に知ることができる。罪なき常人がある日突然、耐え難き症状に身を屈めるという惨状なのだ。いずれの「空気」にしても僕たちは、その汚染に対して無自覚であってはならないだろう。

空気や水を美味しいと思える感性
汚れた空気を無理に読んで迎合していないか
生理的にそして市民として健全な空気を吸って生きていきたいものである。
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