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谷根千から上野・浅草

2015-09-24
寺と賑わう商店街
あんみつに西郷隆盛銅像
仲見世と馴染みの西洋料理店まで

東京の戻り、実家周辺を久しぶりに散策した。通称・「谷根千」と云われている寺街に、我家の墓もある。お彼岸で多くの人がこの街を訪れており、「谷中銀座」は結構な賑わいである。もっとも年末年始などには、観光客はいなくとも未だに賑わう貴重な商店街である。「下町」のあり方や人々の人情ある生き方というのは、次第に忘れ去られてしまうようでもあるが、これからの日本が生き抜くためには、実はこうした老若男女紛れた「街作り」が欠かせないのかもしれない。その後、都バスで不忍池を眺めながら上野へ。父の好きな老舗あんみつ屋で歩いた疲れを癒し、その後、普段は立ち寄りもしない西郷さんを見上げてみた。明治維新を経て江戸から東京へ。考えてみれば、江戸文化を始め文豪や芸術家が牽引した西洋文化の輸入、そして戦後復興といった近代日本の足跡を、この街は部分的に表象しているようだ。その街で僕は何を感じ自己の学びに還元してきたのであろうか。

その後、浅草雷門。仲見世はいつものように賑わっているが、「自撮り棒」を掲げた外国人観光客が目立つ。僕が幼少の頃は、浅草あたりで「ほら、外国人だよ」などと両親が僕に伝えるほど稀少な光景であったが、時代は大きく変遷したという思いにさせられる。江戸時代に「鎖国」という閉鎖的な「経験」のあるこのくには、文明開化を経て西洋化してきた。同時に混沌としたアジア諸国との関係を続けてきた。その150年間の歴史を顧みるにも、今そしてこれからはどのような方向へ動いて行ったらいいのであろうか?太平洋戦争に至る約70年間、そして戦後70年間、悪戯な懐古主義に陥らず、歩んだ道の過ちから学ぶ未来を築くためにも、大変重要な歴史の転換点に僕たちは立たされたのかもしれない。平和な浅草の光景をみて、その背後に眠る無残な過去の「苦悩」にも思いを馳せながら、浅草寺の観音さまに平和を祈るのであった。そして恒例によって、僕が幼少の頃から訪れている老舗洋食店で平和なディナーをいただいた。こうした幸せを個々人が希求できる世の中を、まさに一人一人が忘れてはならないのであろう。

様々な思いで歩んだお彼岸の下町
街の光景が何を語り掛けてくれるのか
僕自身がなすべき言説を意識しながら、幸せな未来だけを心に誓う。
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