fc2ブログ

小説教材を反転して考える

2015-09-20
太宰治『走れメロス』
朗読ワークを製作中
友人の女優さんと構想を練る宵のうち

来月、友人の女優とギタリストを迎え、昨年に引き続いて芸術家派遣事業を実施する。今年は附属学校との共同研究にも応募し採択されたゆえ、中学校にて定番教材『走れメロス』の全校朗読ワークショップを実施することになった。そこで東京に来た昨晩、その女優&ギタリストコンビと打合せの時間をとった。教材の冒頭部分を学年ごとに読み継いだり、地の文を抜いた会話部分を演劇風にペアワークをするとか、「メロス」の葛藤が表現された内面描写の部分を女優さんの朗読につれてシャドーイングするとか、最後は学年対抗で3人の登場人物を演じて「王様ばんざい」の民衆の声を学年全体から掛けるなど、構想は多岐に膨らんだ。この話し合いをしつつ、僕たち自身が、実に楽しくウキウキした気分になってきた。

「王は乱心か、生かしておけぬ。」と激怒する「メロス」であるが、「人を殺す王」に対して「メロス」も「(王を)殺す」と宣言している。小説の結末は周知の通りであるが、果たして「メロス」のこの時点で言動は、「正義感」とはいえ許されることなのか?更には「邪智暴虐」とされる「王」であっても権力者の孤独に悩み苦しんでいるのではないか?物事は視点によって反転したものになる世の矛盾こそを、この小説は描いている。そういえば、この打合せの前に床屋に行くと隣の年配の方が「政談」を始めた。「あの国会で後ろからのしかかるようにした議員たちはとんでもない」と憤慨しているようだった。そうか!委員長を取り囲むという「静的」な手段で強行採決をする暴挙を働くことよりも、「動的」に「のしかかった」方が「とんでもなく」見えてしまうのだと思いを致した。物事は常に反転する可能性があることを鑑みて、その為にも丹念な説明が特に政治などでは求められるのであろう。

太宰治の小説の力
そして女優&ギタリストの演じる力
ことばの力で世の中を知るワークができそうである。
関連記事
スポンサーサイト



tag :
コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://inspire2011.blog.fc2.com/tb.php/2138-6ca4811c

<< topページへこのページの先頭へ >>