fc2ブログ

「社会を作る」授業を創る

2015-09-04
「誰かが楽しい社会を作ってくれるのを待つのではない。
 『社会を作る』プロセスの一つ一つが、自分を変え、
 それに関わる相手を変えてゆく。」(高橋源一郎『僕らの民主主義なんだぜ』2015より)

9月となって、教職大学院生及び学部3年生の附属校実習が始まった。担当院生の授業視察に、早速2日間赴いた。実習視察の際に常に心掛けていることは、自らが「授業を創ったら」どうなるかという視点を持つことだ。ただ単に50分という時間は話し切るといった発想で、「幻想の学び」を押し付けるのが授業ではない。学ぶ者自らが、生き生きとした眼をして意欲的に「授業を創る」姿勢があってこそ楽しく意義のあるものとなる。教師は自分の考えの枠組を押し付けるのではなく、学ぶ者が「自分を変え、それに関わる相手を変えていく。」ように支援するのが役割であると心得るべきだろう。「授業」は、学ぶ者が「待つ」のではなく、自ら「作る」ものなのだ。

引用した高橋(2015)の章は、まさしく「『社会を作る』ことは楽しい」(p89〜p93)である。その冒頭に曰く「国家と国民は同じ声を持つ必要はないし、そんな義務もない。誰でも「国民」である前に「人間」なのだ。そして「人間」はみんな違う考えを持っている。同じ考えを持つものしか「国民」になれない国は「ロボットの国」(ロボットに失礼だが)だけだーというのがぼくにとっての「普通」の感覚だ。」とある。更に高橋は柄谷行人の発言(「人がデモをする社会」『世界』2012年9月号)「デモで社会は変わる、なぜなら、デモをすることで。『人がデモをする社会』に変わるからだ。」を引用している。最近になって「デモで社会が変わるのか?」といった疑義が諸方面から提出され、「デモよりまずは選挙に行くことだ」といった発言も見受けられる。だがしかし、「たかが数百年前に成立した政治の一形態にすぎない」とされる「代議制民主主義」以上に、「非暴力」により「言葉のニュアンス」の中から「本当に言いたいこと」を時間を掛けて「意見を交わす」ことから見出し、「互いに耳を傾け合う」ことの方が根源的な「民主主義」ということになろう。時代の”空吹かし”に迎合した輩の発想は「決められない政治」を批判するが、元来「民主主義」とは時間が掛かるものなのだ。あらゆることを性急に煩雑で面倒な過程を排除して強引に進行させることを、僕たちは「独裁」と呼んで来たのである。

高橋(2015)同章に引かれたのもう一つの発言
「参加者みんなが生き生きとしていて、
 思わず参加したくなる『まつりごと』が、
 民主主義の原点です。」小熊英二(『社会を変えるには』2012講談社現代新書)

そう!「社会を作る」小さな縮図が「授業を創る」ことだと僕は確信している。
関連記事
スポンサーサイト



tag :
コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://inspire2011.blog.fc2.com/tb.php/2122-b6393f5c

<< topページへこのページの先頭へ >>