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気付いたときには至っている

2015-08-14
朝晩「涼風」がそよぐ
8日で暦の上では「立秋」
旧暦は季節に対して繊細である

暑さよりも梅雨の長雨に悩まされた九州南部。まだ本格的な暑さを感じて、それほどの期間も経過してないような気がする。だが確実に朝晩は「涼風」がそよぎ始めている。家の中の風の通りをよくするために数カ所の窓に網戸を増設したがため、最近は「風」に対してより敏感となった。自然の逡巡は確実に進行しているのだが、最近は半期15回の講義回数遵守のため大学が夏期休暇を迎えるのは、あらゆる校種(小中高校)で一番遅い。大学暦という人事上の「夏」と、自然の摂理との間に更なる齟齬が生じているともいえよう。「気付いた」ときには、既に「夏」は去り「秋」となっている。それは季節に限らず、あらゆることに言えるように思う。

日本各地で火山が活性化しているのは明らかであるが、「噴火」するときというのは、既に「最終段階」ということであろう。それ以前に眼に見えない地下でマグマは力を蓄えている。たぶん「地震」もまた同じ、「震動」が生じるのは最終的な現象であろう。その見えないものを見えるようにするのが「科学」でもあるが、「噴火」や「地震」という自然の摂理を、未だ”猿知恵”たる人間の叡智とやらは予見できないでいる。「科学的根拠」を超えて「予見」をするのが、実は人文学という叡智であると僕は確信している。世の中のあらゆる物に対する謙虚な想像力、そして自らの愚劣さを慎重に吟味できる知見。11日付小欄に記したように、文豪・漱石は1945年8月15日に向けて「日本が滅びる」ことを、明治時代に予見していたのだ。(勿論、それがこの日付であると予見していた訳ではない)人文学の叡智を否定する枠組みは実に危うい。再び「滅びる」ことが繰り返さないためにも、明治・大正・昭和の事実を謙虚に慎重に今こそ吟味すべきではないのだろうか。

再び米軍ヘリがオキナワで墜落
自衛隊員も同乗しており負傷したと云う
既に見えない地中に埋設された「過ち」を「注意深く拒む」しかない。

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