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オープンキャンパス模擬講義

2015-08-09
「だが明日は明日のままでは
 いつまでも一つの幻
 明日は今日になってこそ
 生きることができる」(谷川俊太郎「明日」より)

高校時代に次の進路へと踏み出すのは、人生にとって大きな岐路となる。中高一貫校で教員として進路指導に携わっている時、いつもその重大な責務を意識していた。また僕自身が大学進学目指し、憧れの大学へ向けて懸命な受験勉強に取り組んだ経験は、まさに僕の「今日」のあり方を左右していると実感する。あの頃、安易に妥協する道を選択していたらと思うと(実際に担任教員とは意見が食い違っていた)、僕の「今日」はどうなってしまっていたのだろう。夢のような「明日」を思い描きながら、されどその夢はいつか現実になると、根拠のない自信をもって怖いもの知らずで志望校を一本に絞り、受験勉強を邁進させたことが、「今日」の僕を形作っている。

自らの経験を起ち上げれば、相手の気持ちを思い遣ることができる。昨日の小欄にも記したことだが、僕の「今日」に過去の経験を起ち上げて、夢と希望を抱く高校生を大学キャンパスに迎えて、「模擬講義」を担当した。「詩歌を声で楽しもう!」と題し、俵万智・栗木京子・和泉式部・若山牧水の短歌(和歌)を教材に、「ことばと音読」に関して参加型講義を展開した。「教室でなぜ音読をするのか?」という命題に、「他者のことばを声に出してみることで、自分のことばのように体験的に理解できる。」といった趣旨のことを伝えた。日常語を短歌の韻律に絶妙に取り込んだ俵万智の歌ことばを、高校生たちの感性に寄り添いながら実感してもらう機会とした。

日常からの僕の感覚であるが、受講者と同視線での共感性を大切にしているゆえ、300人クラスの擂り鉢状の大教室での講義は、正直大変やりにくかった。角度のある階段状の「上」から、「底」を見つめる個々の視線。通常は表情や子細な反応を読み取りながら、講義を展開している。まさにLIVE感が大切なのであるが、その共感性を保つには誠に相応しくない教室の形状である。今後は少人数の受講者能動型が大学の中心的な講義方法となる時流にあって、「模擬講義」の内容も吟味する必要性も感じた。それでも尚、ドーム球場などでLIVEをする”歌唄い”に思いを致し、どんな条件でもベストなLIVEを展開できるのが”プロ”であると念い奮闘した。そこでは高校生たちが、個々の思いを起ち上げて詩歌を声で読むことに参加してくれた。そして最後には、冒頭に記した谷川さんの詩。そして竹内浩三の「三ツ星さん」で講義を結びとした。

この日に来場した高校生の中から
国語の素晴らしさに共感し教師を志す者が何人いるだろう
僕もあの頃、素晴らしき講義に出逢って「明日」を「今日」に進めてきたのであるから。
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