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スマホで講義撮影していつ見るの?

2015-07-04
あとで読もうと思った書籍は堆積するだけ
最近スマホで講義を撮影する学生がいるらしい
果たしていつ見ていつ考えようとするのだろうか?

身近に手軽なスマホの存在は、我々の生活を革新的に塗り替えている。日常の至って普通な局面に、音楽聴取・伝達通信・情報収集をはじめとして写真撮影が持ち込まれた。旧来であれば、それぞれに一定の大きさの機材を持ち込まなければできなかったことが、掌に乗る一台でなんでもできるのだ。それゆえにプライバシー・公共性・情報漏洩など様々な問題も生じ易くなっている。特に都会に赴いた際の、”歩きスマホ”には辟易とすることが多い。それからすると僕が日頃接している地方の学生たちは、キャンパス内で「歩きながら」ということをあまりしていない。同じように、「講義のスマホ撮影」に関しても「都会」対「地方」という二項の図式があるのかもしれないなどと考えた。

大学教員のTwitterの投稿などを見ていると、板書やスクリーンの静止画撮影はおろか、講義自体を動画撮影する学生がいるという。撮影していることで(気も取られて)、その場では何も講義内容への思考が働いていないことが予想される。果たしてその動画を、いつ見ていつ自分のものにしようというのだろうか?誠に”対面LIVE”で行なう講義の意味を履き違えている所業だと思わざるを得ない。

講義というのは、その場で提供される「知識」が大切なわけではない。現在の教育のあり方からすると、むしろ「知識」は講義外で提供しておいて各自が習得しておき、その内容について考える為の思考を喚起する活動的内容を講義で実施すべきであろう。そのLIVEで触発され同調し反発し、他者と言葉を交わし自己の思考の位置を知覚し、受信・発信を繰り返して理解力と表現力を錬磨していく場であるのではないだろうか。要は、動画撮影する動機が生じない内容が僕たち大学教員にも求められている時代なのかもしれない。スポーツの練習を動画撮影し、あとで練習しておきますという選手は皆無な筈である。むしろ多様な対話を講義で醸成することができるならば、動画撮影が有効な手段となり得ることもあるかもしれない。

まだ僕の講義では一生懸命メモを取る学生も多い
自分の文字で毎回の思考をレビューに書くことも必須にしている
後期は、更に活動的な場所でスマホを使う間もない動く講義を模索している。
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