fc2ブログ

質問からはじまる

2015-06-08
「問いを質す」
疑問が持てるよう内容を吟味する
それが礼儀というものである

研究発表を聴く時の基本的な構えは、内容を十分に咀嚼しながらも「問い」を探すことである。質問ができるということは、それだけ発表の奥深くまで「聴いた」ことになる。自らが研究発表すればすぐにわかるが、どうしても内容を主張しようとすれば、独善的に自らの考える方向性を肯定的に考えたくなるものである。だがしかし、むしろ自問自答する客観的な眼が必要でもあり、他者の質問でより主張が明快になることも多い。大学学部時代の恩師は、僕たちは学生の発表に対して徹底的に批評した。先生が僕たちは学生の発表内容について語り出すと、発表者以上に内容を心得ているように聴こえて、いつも不思議な気持ちにさせられたものだ。質問するということはある意味で、宙に浮いた主張をどこかに着地させる行為であるかもしれない。

この日の研究学会発表でも、午前午後と2回にわたり僕自身が関心の深い分野の質問に立った。「表現が独自だ」というった主張に対して、果たして客観的にそう言えるのかを質した。また、「形式・表現の類似」を明確に指摘する主張に対して、その表現の主体性の如何を質した。すると僕自身でも各々の研究発表に対しての理解が深まり、各分野についての興味も広がった。そういえば再び学部時代の恩師のことだが、僕が現職教員から再び研究の世界に復帰した際、最初の学会発表にお出でになり、僕の研究発表に対して執拗な質問をされたのが思い出される。そして僕が答えに窮すると、「質問を換えましょう」といって角度を変えて思考を導く施しをしていただいたことが忘れられない。「質問」とは、人も育てる力があるのだ。

学会後、都会の街に出て買物
商品に対して店員に執拗に質問した
それでも尚、笑顔で対応してくれる店で納得する答えが懐にある商品こそを購入するものだ。
関連記事
スポンサーサイト



tag :
コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://inspire2011.blog.fc2.com/tb.php/2034-23c3e008

<< topページへこのページの先頭へ >>