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「厳格」と「安らぎ」のあいだ

2015-05-16
健康を護る食事
ECOとか日常作法に至るまで
「〜しなければならない」ばかりでは・・・

健康で若さを保ちたいという願望もあって、食事に対する意識が妙に高揚したのは、ここ数年のことであろうか。特に3.11以後は、食材選択において大変神経を研ぎ澄まさなければならないという感覚が根強くなった。また様々な製品において、その成分の内実を確かめて使用したいとも思い、様々な配慮・選別への神経が休みなく起動している状態が日常化してしまっている。時代が世知辛いのか、選択の自由が求められるようになったのか、賢い消費者として「厳格」であるのは、果たして良いことなのかどうなのかと、むしろその姿勢自体を捉え直すべきではないかとも考えない訳でもない。

1週間ほど、在京の両親が僕の自宅に骨休めに訪れて、前述のような思考が彷徨するかのような状態に置かれた。塩分制限をしなければならない父の食生活に対する意識を、何とか改善したいという強い思いが働いた。理想的な食習慣とは、こうあるべきだという手本を見せるべく、食材購入から調理に至るまで、僕が可能な限り「厳格」さをもって臨んだ。両親が帰京してふと感じたのだが、その自らの「厳格」さに、己が疲れてしまっていることに気付かされた。母の優しい様々な施しに対しても、否定的な言い方しかできなかった。それでもって自らが疲弊しているのでは、まったく意味もなく情けない限りだと思い直した。やはり食事や生活は、「安らぎ」の中にあるべきだろう。

それでも尚、やはり食事には注意を払うべき
だとすれば、「安らぎ」のある表現で、その核心を伝えられるようになるべかもしれない。
チャップリンの名言に「笑いとはすなわち反抗精神である。」とあった。
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