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小さな勇気から始まる

2015-04-28
「どう思われるか?」
と他者の眼を気にする心理
それ以上に自らが「どう生きるか」である

様々な局面で、他者の支持を得るというのは容易なことではない。研究発表に論文、その延長上にある著書に至るまで、如何に説得力があり巧妙な内容であるかという上で研究者の評価は厳しい。ある仮説を論じようとしても、どのような角度から誰に批評されるだろうかといった、他者の視線がどうしても気になるものである。だが、それを気にして臆していては何も始まらない。自分がどれだけの信念と自信をもって、日常から研究に打ち込むかである。評価は他者が決めるものであり、自分の中の憶測で身動きが取れないことの方が問題である。現に採用人事などというのは、どういう方向にどのように動くかはまったくわからない。まずは臆することなく挑戦しなければ何も始まらないのである。僕自身も数え切れないほどの「敗北」を喫した経験によって「今」があるのだ。

幼少の頃から、小さな勇気を持つよう親に教えられた。例えば、レストランなどに行った際に、店員に「水をください」と声を掛けるような些細なこと。子どもの頃の僕は結構な引っ込み思案で、なかなかこうした小さな勇気がなかった記憶がある。買物をする際も、店員に尋ねれば即座にわかるはずであるが、まずは自力で商品を探したりその種類を見極めようとする癖が今でもある。(もっとも最近の場合は、店員の商品に対する専門性に疑問を抱くケースも多いことが要因なのだが)なぜ小さな勇気がなかったのかと考えてみると、それはやはり他者の眼を気にするからに他ならない。「こんな商品をこんな風に探しているのか?」と思われることに気を回し過ぎて、「尋ねる」という行為に及ばなかったのではないかと今にして思う。

行動しない後悔より行動した後悔
後者の方が遥かに爽快な清々しさを伴う
自分自身で「こうかもしれない」と閉じ籠るのは、何事でもマイナスにしか働かないのだ。
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