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ドキュメンタリー映画「天に栄える村」との邂逅

2015-03-24
米作りへの熱意
そして震災と放射能汚染
諦めるわけにはいかないと立ち上がる人々

ドキュメンタリー映画「天に栄える村」上映会が、熊本県は水俣市で開催された。水俣を僕が訪れるのは3回目となるが、いずれも昭和から現在に至る長きにわたり当地で問題となって来た水俣病に直接関わっている方々との出逢いの機会となった。今回もまた同じ。更にはこの50年以上にわたる環境汚染問題の教訓を、福島の現在と繋ぐことができないかというのが、今回の企画の意図である。福島県天栄村で米作りに奮闘する2名の方が、上映に際して水俣を訪れていた。

無農薬による最高の米を作るべく、天栄村では役場職員の方と農家の方々が恊働で、熱心な研究会が組織されていた。その成果は、全国の米作り品評会でもトップに輝くほどの成果を上げていた。そこへ、2011年3月11日以後の原発爆発による放射能汚染という悲劇が襲った。最高に美味しい米作りは、一転して放射能除去との闘いに変容した。だが村の方々は諦めなかった。あらゆる可能性に挑戦し、味へのこだわりを捨てる葛藤とも向き合いながら、様々な努力と模索を繰り返した。映画は、その一部始終を伝える長編ドキュメンタリーである。

今回の機会からあらためて学んだことは、傍観者であっては何も分からないということだ。天栄村の2名の方々との語らいを通して、映画は僕の前に「真実」として突きつけられた。ともすると長編ゆえに緩慢な意識で鑑賞しがちであるが、水俣で上映を観るべく集まった方々は、農家の方も多いせいか、皆口々にその「真実」を自分の身に降り掛かったことのような反応と囁きを伴って意識の高い鑑賞となった。映画を観た多くの方々が、「傍観者」ではなかったのだ。それは50年以上の苦闘を背負う水俣ならではのことでもあるだろう。苦難に対し「逃避せず向き合う」とは、どういうことか。それを上映会の反応が物語っていた。

そしてまた、僕自身が確実に一皮剥ける機会となった。「地域を創る」とは、どういうことか?水俣で長年その命題に向き合って来た方々とも出逢った。「冗長な話は要らない、冗談と笑いが必要だ。」という生きることから得られた信念を、身を以て伝えてくれた方がそこにいた。そして議論でも押しつけでもない空疎にならない「対話」の大切さ。水俣の苦難は、そうした人と人との繋がりを、むしろ豊かに育てて来た。我々はともすると、何ら「苦難」もないくせに、「困難」だと社会のせいにしたり言い訳をしたりしてはいないだろうか?自然豊かな地を襲った不条理な環境汚染。そこに立ち向かう当事者の生の声を聞くということ。水俣で「生きる」多くの人々と新たな交流ができた。まさに彼らは笑顔で前向きに「今」を生きている。決して「笑い」を忘れはしないのである。仏頂面と冗談にこそ、逆説的な核心が潜むことに気がついたのである。「青年」と僕を呼んでくれた方の言葉が、人との向き合い方を変様させた。

人との出逢いは「生きる」を知ること
その場所で逃げもせず後ろも向かず

「地方創生」などという号令は、
単なる「中央の論理」による似非に過ぎないと知った。


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