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文豪の住んだ街で育つ

2015-03-16
小説の舞台
もちろん虚構ながらも
想定される街並みがある

「鷗外荘」という旧居跡を中庭に擁するホテルに宿をとった。その上野池之端は、僕が生まれ育った場所からランニングで20分程度、自転車なら10分の距離である。子ども時分から其処にホテルがあり鷗外の旧居だということは知っていたが、宿泊するのは初めてであった。前日の祝宴前後の更衣の便も考えてのことである。朝食をいただいた後に、鷗外のいくつかの作品を思い抱きながら、その旧居跡に立ち入ってみた。「作家論」なぞを考えるのは、遥か昔の研究方法と成り果てたが、やはり書き手を身近に感じれば作品の言葉から想像する内容にも、豊かさがますような気がしないでもない。

この上野池之端界隈を散歩やランニングすることは、僕の中学校時代の「趣味」といってもよかった。鷗外のみならず漱石の旧居跡や小説の舞台となった場所に、しばしば訪れた。鷗外では『雁』で「不忍池」や「無縁坂」などが舞台となる。漱石の小説に至ってはいくつも、かなり詳細に地名が書き込まれている。その記述に対して「昭和」となっ舞台であるが、僕はリアルな想像を働かせることができた。誠に文学への興味に芽生えるのには、贅沢な環境で育ったものだとあらためて感じいった。そういえば、幼少の頃には「都電」が自宅近所から上野動物園のあたりにも走っていた。その軌道の面影を保存する公園があった。そこに都電車両も一台展示されている。実に懐かしかったが、都電廃止の後には、その車庫跡が大規模な都営住宅に生まれ変わり立派な図書館もできた。そこに通うことで僕は本は、どんどん好きになったという経験もある。また、鷗外のもう一つの旧居跡にも記念図書館があった。

生育環境は重要だ。
僕が日本文学・国語教育を研究している、
一つの理由を自ら再認識した。
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