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合格発表の光景

2015-03-09
2桁の少なさが一目瞭然
遠くから掲示板を見たとき
そして近づくと人生を左右する数字が・・・

「73」という数字は僕にとって、「第二の誕生(数)」と位置づけている。実際の誕生日が「21(日)」であるから掛算をすると「7×3=21」と繋がることになる。そんな意味でも運命的であるのだが、これは何を隠そう大学(学部)の合格受験番号である。彼の”18歳の春”に、僕は独りでほぼ諦めかけ気分で、受験した大学キャンパスに向かった。その日に「73」を掲示板に発見できなかったら、もう1年間受験勉強に励もうという聊かの決意を胸に、一縷の望みに賭けるといった心境であった。掲示板の前では悲喜交々の声が上がっており遠目から見ると数字が判別できない。それにしても当時は受験生が多かったのだが、合格者のみの数字が掲示されているゆえ、2桁の数字は僅かに10人分も並んでいないことだけは遠目からでも分かった。僕の「諦め」の心境は更に加速した。

だがしかし、視力検査ならぬ掲示板に近づき数字を判別できる距離まで至ると、「73」の数字が視界に入った。白地の紙に黒で事務的に書き付けられたその数字が、僕の人生を変えた。数字を見ても尚、僕は「73」が掲示板上にあることが信じられなかった。暫く人並みに揉まれながらも呆然と数字を見つめた。そして合格手続書類を受け取ってから再び、その「73」を確かめに行ったぐらいであった。あれほどに黒で書き付けられた数字が燦燦と輝いて見えたのは生まれて初めてであった。その合格発表場所の近くにも「仮設公衆電話」が何台も設置されていたが、多くの人々が並んでいるので、僕はその場を離れて「電話ボックス」を探した。そのときできる限りの歓びの表現で、その「合格」を両親に伝えたかったゆえに。周囲に喧騒があったり、その伝達する歓喜の声を他人に聞かれるのも本望ではなかったからだ。かくして両親に「合格」を伝えて初めて、僕は自分自身が「合格」したのだと悟った。現在は携帯の普及で、巷間に「電話ボックス」は非常に少なくなったが、その時に使用した「ボックス」はなぜか今でも健在である。

勤務先の大学でも、先週末に合格発表があった。その光景を少々見てみたいと思いながらも、前述のような個人的に人生を左右する「一大事」を、判定する側に立つ者が覗き見しては申し訳ないといった心理も働き、研究室で自己のやるべきことに勤しんでいた。すると建物にして2棟離れた先から、悲喜交々の声が上がっているのが聞こえて来た。まさにその喧騒は、僕自身が体験した”あの時”の雰囲気そのものである。午後になってあるシンポジウムに出席するためもあったが、合格発表掲示板の前まで行く機会があった。白地に黒で、やはり何桁かの数字が記されている。世間でこれほどに焼き付くような視線で見つめられる数字が、他にあるだろうか。数字そのものや、羅列している空白にも、様々な人生が浮沈しているのだとあらためてその重みを痛感した。

期待しない時ほど「合格」に
これは大学院を含めた僕の経験
何事も過度な期待は、冷静に自分の瑕疵を見つめる視点を奪うものである。
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