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ことばへの反応深度を思う

2015-02-08
研究発表への質問のことば
応答する発表者
「お答えになりましたでしょうか?」・・・

大学院課題研究発表会に出席した。様々な教科の教職実践に関する、1年間の研鑽の成果が発表された。国語科の院生については、講義でも多様に関わりその論文も読んでいるので、既に質問という域は超えているほどに知っている。それゆえ、むしろ他教科の院生発表を僕自身は興味深く聴いた。そして言語系で考えたい領域に関して、いくつかの質問を投げ掛けた。研究というのは、いずれの分野であれ課題性が明確で、先行研究との関連が明示され、汎用性があり有効性が検証されていなければならない。そんな姿勢が開会時にも閉会時にも、然るべき方々から提起されていた。よって質問も、その四項目に即したものとしたつもりである。

ことばに対してどの程度の”深度”で反応するかは、大変重要であると最近切に思う。前述した学術的な場面では、まさしく対面している質問者の意図を、存分に深く解釈しその場に用意できる最大限の反応をすべきであろう。以前にも小欄で指摘したが、最近答えた後に「お答えになっていますでしょうか?」と蛇足を付す発表者が多い。精一杯の咀嚼を施したならば、いや施すべきであり、その反応の”言い方”そのものから、質問者は発表者の考えている程度を捉えることになる。もちろん質問者の”言い方”も問題であり、時に会場で聴いていると質問自体に問題ありという整理されない内容や、恣意的な感情露呈といったものがないわけではない。質問時間は限られているのである。

学術的場面のみならず、日常生活もまた同じ。相手の問い掛けをしっかりと聴く。そして適切に反応する。その反応への反応をまたしっかり解釈する。”言い方”や表情に声の調子などを総合して、相手の感情のあり方を理解する。「聞き上手は、話し上手」という成句にあるように、これが原則である。メールの文面などもそうである。こちらの意図を実に深い域まで噛み砕いて反応してくれる応答者の返信は、読んでいて思わず笑みがこぼれる。そこに機知が働いていたりすれば、もう声を出して笑ってしまうこともある。日常の些細なやり取りの中にも、ことばへのこだわりが欲しい。まさに、ことばは人を表すのである。

ことばへの反応深度にこだわる
それは、やはり人間が好きだから
その機微を楽しめる「親友」と邂逅する。
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