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限界は他者だけが知っている

2015-02-01
「今日せっかく来たのに!」
そんな声がトレーニング中に掛けらた
僕が次への道を開拓していた頃に支えてくれた人々

「今」があるのは、あの頃に支えてくれた人々がいたからだ。そのように感じることが多い。そして、時間さえ許せば、その方々と再び「現在」を語り合う。この日は、まさにそんな一日となった。在京時にトレーニングに励んでいた頃、いつも僕を励ましてくれるトレーナーの方がいた。身体的な鍛錬に耐えることで、精神的にもう一踏ん張りができると信じて、諦めずに前進を続けることができた。彼女のスタジオプログラムは、実に活気に溢れている。この日も久し振りにもかかわらず、僕は前列を確保し、彼女の視野の元で60分のクラスが開始された。次第にプログラムは佳境となり、全力で飛ばして来た僕は、ややスタミナ切れな状況に陥った。その時、彼女が僕の眼をみて声を掛けた。「今日、せっかく来たのに!」その声に僕は、ふと気づかされた。自分自身で限界を決めてはいないか?と。その声の後、僕は再びあるだけの力を振り絞って、最後まで身体を躍動させることができた。

そう!これなんだ。自分が今できる「一つ上」へ行くということ。その繰り返しが蓄積となり、大いなる成果に到達できる。怠惰な心は、意識せぬ間にどこからともなく自身の中に巣食い、「ほどほど」のところを限界と決めてしまい、向上を妨げる。だがしかし、その「限界」は決して限界ではない。「まだできる」力が自身の中にあることを、自らは気づけない。他者の声(視線)こそが、その潜在力を引き出してくれるのだろう。彼女のレッスンには、そんな「生き方」を学ぶ要素がある。プログラム終了後に、談笑する時間が得られたが、「また(身体が)引き締まりましたね」というお褒めの言葉に、更なる飛躍を誓うのである。

その後、語り合う仲間が集う店を二軒訪ねた。店主はもちろんであるが、その店の常連さんたちが、偶々集う宵のうちであった。異業種の仲間たちからの様々な言葉が、やはりあの頃の僕を支えてくれていた。飲食業の自営もこの世相ゆえ、想像以上の困難があるに違いない。だが、確固たる考えをもって、その日のお客さんを大切にする姿勢。研究も学生への教育も、僕自身があらためて気持ちを引き締めなければならない、という思いを抱くのである。こうした人と人との繋がりこそ、ひとりの人間として何物にも代え難い宝である。そしてまた、いつものことだが、両親の言葉を聞けば、決してこの世に二つとない安心感と勇気が湧いてくるのである。

夜も更けゆくうち友人にメールを
僕の現在の励みがそこにもあった
己の「限界」は他者だけが知っているのである。
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