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「無知」は恥にして「力」にあらず

2015-01-08
巷間に「憤慨」が氾濫している
「知性」「理性」が頭に来るらしい
思い知れと言わんばかりに「情動」を前面に・・・

「無知」をどう捉えるかにも、時代や状況によって変遷があるようだ。僕が大学に入学した頃、「知識」がないということは、あまりにも「恥」であると認識し、慌てて書物を読み漁ったものだ。高校では「十分に知っている」と思い込んでいたにもかかわらず、広い範囲から「知性」が集結した大学という場では、まさに「大海を知らず」であったと思い知らされた。書物に学び、人の話を聴くことで、「哲学」や「論理」の整合性を重んずるようになった。それまでに「当然」と捉えていた思考に疑いを持たぬのは、「恥」であると心得るようになった。

今の学生たちに、このような気付きはあるだろうか?勿論、「ある」者たちも多いだろう。だが、学生のみならず年齢・生業を問わずに、自己の「知性」よりも「ネットが知っている」と思い込んでいる傾向がないだろうか。同時に「知性」「理性」「論理」を嫌悪し、自らの「情動」を「憤慨」と化し、ネット上に”投棄”してはいないだろうか。むしろ「知らない」ということに胸を張り、思い知れといわんばかりの言動を起こすのである。「ネット社会の闇」という表現が使用されるが、まさにそれは「無知」は恥でなくして、「力」であるという勘違いに生ずる諸現象ではないのだろうか。

「理性」を表出していると「情動」に煽られる
そんな体験を路上でして甚だ辟易した
「無知は力」が先導する社会に、「恥を知れ」と「理性」で訴え続けよう。
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