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今も忘れない夢の分れ道

2014-12-06
「♫今でも逢いたい気持ちでいっぱい
そんな惨めな恋などしたくない♫」
(「いつか何処かで」桑田佳祐)

搭乗した航空機がいつもの空港から離陸するが、上空でいつもと違う方角に機首を向けた。僕が住む土地をほぼ360度見回しながら、南方へのフライトだ。届いたばかりの国語教育の雑誌を鞄に放り込んでおいたので、その機内で主要な論文は読破しようという心づもりであった。だがしかし、巻頭から数篇の論文を読み窓から海上を眺めると、耐え難い感情に襲われた。そう、この航路は嘗て特攻隊が帰らぬ飛行をした空間なのである、と考えて論文どころではなくなってしまったのだ。暫く海を眺めながら69年前の過去に思いを致し、そして自らの生きてきた年数に回想が辿り着いた。

沖縄に赴くのは何度目だろうか?そんな回想を手帳にメモ書きし始める。(僕自身が)高校3年生の修学旅行、そして教員となったのちに3度の引率経験。他の場所への引率経験を含め、記憶の襞を紐解く作業をして、年数と場所が手帳に連ねられた。不思議なもので、各引率時に担任していた
何人かの生徒の顔や旅行中の言動などが、脳裏に再現される。そのそれぞれの生徒たちも、今やこんな年齢なのか、といった聊かの驚きにも支配されながら、航空機は青く澄んだ海へ近づくべく降下を開始した。

空港からは「ゆいレール」で、目的地にほど近い駅まで快適な移動。しばらくは時間があったので、沖縄県庁へと自然と足が向いた。そこは、修学旅行中に生徒たちを国際通り自主研修のために、バスから解放する地点であった。そんな思い出に浸っていると、今も同じようにバスから大勢の高校生たちが下車してきた。引率教員らしい人物の姿に過去の自分を重ね合わせた。そのあと、再び足は自然と県庁の裏手に歩み出した。そこには、ある引率の際に昼食で立ち寄った沖縄料理の店があった。今は居酒屋営業のみのようで、店は閉まっていたが、紛れもなくあの時の店構えである。その情景を見ると、実に何とも言えない感情が胸の底から込み上げたのであった。そして冒頭に記した桑田佳祐の楽曲が何度も脳裏に流れた。

「今も忘れない夢の分れ道♫〜」

沖縄に来ると、その後に大きな「夢の分れ道」に巡り会う。手帳に刻まれた年数をあらためて見つつ、そんな「生きる法則」を発見した。高校3年生は、もちろん大学合格。最初の引率の後は、大学院進学を決意し準備を開始した。そして前述した昼食の思い出の後は、博士学位への誓いが確かなものとなった。直近6年前の後は、現状のポストに僕が至る確実な伏線が引かれた。いずれもが不思議と一本の線で結ばれつつ、その折々の人生の歩みを映し出している。出張の目的地に至るまでに、こんな人生回顧ができるとは、この朝まで僕自身もまったく気づいていなかった。

さて、今回の沖縄入りで
僕はどんな「夢の分れ道」と邂逅するのだろう
誠に人生と記憶とは面白い。


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