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「バターになった虎」をまだ目指すのか?

2014-12-03
「回す」「循環」「利益」「賃上げ」聞こえはいい
利を追いかけ過ぎて「バターになった虎」
ある絵本の話を思い出した。

幼少の頃、大の絵本好きであった。両親が仕事に忙しかったこともあったが、絵本だけは惜しみなく与えてもらい、一人で読んでいた記憶がある。その中の印象深い話に、「バターになった虎」がある。当時はなぜ「虎が樹の周りを速く走り回ると、バターになってしまうのか?」と妙な疑問を抱いていた。食卓でパンに塗るバターが、虎からできているのか?という現実的な疑問を抱くこともあった。こうした素朴な疑問は、人生のどこかでその「意味」がふとわかったりする。ようやくその時が巡ってきたようだ。

あの絵本は、何だったのだろう?Web上で調べてみると「おしゃれなサムとバターになった虎」というもので、「ちびくろさんぼ」の話である。どうやら「黒人差別」を助長するものとして、ある時期に絶版になったらしい。そういえば同じく僕が幼少の頃、「抱っこちゃん」なる空気で膨らませる黒人を模したマスコット人形が、発売中止になった記憶もある。話の内容は、主人公のサムが、動物たちの開く店で派手な服飾を親に買ってもらい、自慢げに学校に着ていくと、通学途中の道で、虎に遭遇し仕方なく服飾を与えて命をとりとめる。すると、その収奪の利益に眼が眩んだ虎が追随して5匹も現れるが、相互の尻を追いかけて争い、樹の周囲を回りバターになってしまい、最後はサムがその恩恵を手に入れる物語である。

庶民が求める真の豊かさとは何か?庶民が手に入れた派手な服飾は、命と引き換えに強い力を持つ既得権益者に、いつしか収奪される。だが利益だけを追求する権力者は、いつしか過当競争に陥り自らの身を滅ぼし、身につけた利益は油となって庶民に還元される。物語解釈は、個々の多様な「読み方」が許容されるわけだが、どうもこの「虎の悲哀」から学ぶことは多いと感じざるを得ない。この絵本が巷間に出回った頃は、まさに日本は高度経済成長期の恩恵を被っていた。経済的発展を求め、土地開発や生産第一に産業は動き、雇用は促進し人々は身を粉にして働き、物欲的な「豊かさ」を限りなく求めていた時代。だが、その経済という「虎」は、やはり樹の周囲を走り回り、溶けて破裂した。それを我々は眼の当たりにしてきた。それでも尚、まだ同じ発想で「回そう」とするのであろうか?溶けきったバターを基盤に、更なる「溶融」を求めて行くのか?この国が目指すべき「豊かさ」の観念を、今こそ見直すべきではないのか。

「回す」「展開」「再稼動」いずれも危険だ
「世界の中心」では輝かない、「世界と共生」してこそ・・・
「バターになった虎」は今、何を僕たちに語り掛けるのだろうか。
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