東京一極集中への不安
2014-11-26
雲の眼下に見える密集したビル群縦横無尽な鉄道交通網
政治も経済も此処へ集中している不安
東京生まれ東京育ちの僕が、その首都を俯瞰できるようになったのは、地方生活を始めたからだ。飛行機で東京へ向かうと、靄に霞む大都市が見えて来る。日本、いや世界から飛来する航空機が次々と湾岸の空港に着陸し、ただでさえ過剰な人口密度を増加させる。交通網は整備され分刻みのダイヤがほぼ寸分の狂いもなく履行され続ける。実に密度精度の整った大都市であると感心するのは容易である。だがしかし、過密で微細ゆえの脆弱性に、恐怖を感じない訳でもない。
この都市機能が麻痺したら、と考えれば考えるほど恐ろしい。2011年3月11日には、その脆弱性の一端が顔を覗かせた。それはあくまで「一端」であろう。過去の歴史が物語る関東直下型大地震は、この都市をどのように変貌させてしまうのだろうか?様々な予測が展開されているようであるが、それでも尚再び「想定外」と言わざるを得ないことが頻発しないとも限らないだろう。僕が小中学校の頃から「首都機能移転」構想があり、社会科の授業で提起され議論した覚えがある。「お山の大将」たる首都居住者ゆえの傲慢さに拠るものか、「移転」に対しては積極的な意見は少数であったと記憶する。
延々と発展する日本の象徴として、「強い東京」を為政者は作り続けて来た。そして再び「五輪」が開催されることで、その思考は同線上を加速する。だが、これだけ日本列島が火山の活動期に入り、噴火や地震があちらこちらで繰り返されると、東京だけが例外であるなどというのは、単なる幻想に他ならないと思ってしまう。もちろん、僕が地方に居を移転したから言うのではない。日本列島に住む以上、どこであっても地震・火山噴火の洗礼は覚悟しなければならないということだ。そんな自然との共生観を、僕らは「あの日(3.11)」に学んだ筈なのである。だが、それは再び為政者たちによって「強くする」という幻想が跋扈し、遥か彼方に追いやられてしまったようだ。
自然との共生を考える日々
衣食住すべてにおいて、日常の思考となった。
その一方で、僕の故郷への大きな不安が蠢く。
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