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人とつながるということ

2014-11-25
何のために
喜怒哀楽をどれほど繰り返し
それでも人しか愛せない

あらためて、人とのつながりの大切さを実感する日々が続いている。国語教育との融合を前向きに実践してくれた落語家さんとの共演が運んだ、子どもたちの笑顔。美味しい料理を提供し、親友をもてなしてくれる何軒かの地元馴染みのお店。僕が混迷のどん底にあった際に、いつも励ましてくれたカウンター越しの大人の会話。身体を躍動させてこそ、前向きな思考になれることを教えてくれた「元気をもらいました」の一言と握手。どこかに共通項がある、異業種個人経営者の親友との対話。音楽を通して人生を語り合う仲間。そして、かけがえのない両親との前進を見据えた’鼎談’。どれも、これも人が好きだから・・・

尊敬する坂本龍馬は、常に人とのつながりを大切にしていた。これぞ!と思えばどれほどの困難があろうとも直接会いに行った。「たとえドブの中でも前のめりに」といった名言たる逸話は、そんな精神の体現から生まれたのであろう。その関係性から得られたものを自分の栄養にして、新たな世の中を模索した。いつの時代も、柔軟で広範な視野を確保するということは、人とつながることでしか成し得ないのではないだろうか。「三人行えば必ず我が師あり」と『論語』で孔子が語るように、人は皆ひとりでは生きていけないものなのだから。

教員である、教員になるとは、そういうことだと思う。授業技術を学び、教材研究を重ねることが大切なのは自明である。だが、それだけでは肝腎要の何かが欠如してしまう、という思いを常に抱く。採用試験の集団討論然り、現場での子どもたち・保護者・同僚との多様性ある人々との対応然り、人とつながる力なくして何かあらむ、だと痛感する。一期一会の契機を以ってして眼前の人に絡み付くほどに関わる貪欲さこそが、教育に携わるということなのではないのか。現在の学生諸君に言いたいのは、授業に真面目に出ていれば、何かが得られるわけではないということ。己の生活そのものに、人とつながる学びをもてるように「生きる」ということだ。幾多の困難に直面しても、僕自身は偶有性の海の中で出逢った幾多の人たちに絡み付くことで、救われてきたことから、強くそう訴えたい。


誰しも人生は「幾山河越えさりゆかば」だ
そして孤独も必然なのである
ならば、人とつながることなくして何が人生なのだろうか?

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