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かつ消えかつ結びて・・・蜘蛛の巣の如く

2014-10-15
台風を「野分」と呼んでいた
野の草木を分けるように薙ぎ倒すゆえである
消えたりでき上がったり聊かの栄枯盛衰が見える

関西出張からの帰着にどう対応したかは昨日記したが、台風の進路に近かった自宅がどうなっているかということも、少なからず気にはなっていた。雨戸を全て閉鎖し内側のカーテンも全て閉めておく。屋外で飛散しそうな物品は倉庫に収納しておく。そんな対策は、出張前に講じておいた。また愛車が風雨や飛散物による損傷も受けるのも避けたく、空港近くの駐車場も青空よりは高値である「屋根あり」を選択し、保険の如く安心を確保しておいた。「備えあれば・・・」の警句の通り、自宅も愛車も何ら損傷なく帰着した僕を出迎えてくれた。

大学研究室に行くと、窓枠に取り付けられている網戸の一方が外れている。丘陵の頂にある大学キャンパスの4階に位置する研究室は、さぞや強風が吹き付けたことが想像できた。今夏、破れたる網戸を修復したばかりだったので、慎重に外れた枠を復旧させようと思いきや、なかなか上手く行かない。担当業者に電話して”コツ”を聞くが埒があかない。どうやら他の先生で修復の注文を出した方がいるらしく(風で破れたのだろうか?)、明日その業者が来校するというので、”ついで”ということもありプロの手に委ねることにした。

自宅のある窓の外に、蜘蛛の巣が張っている。昨今は「クモの巣ジェット」なる商品が殺虫剤メーカーから売り出されているのを、ホームセンターで眼にしたことがある。だがしかし、それを購入し使用するのは、あまりにも人間の倨傲ではないかと思い、特に害がある訳ではないので、蜘蛛の造り上げた住処をそのままにしておいた。するとどうやら台風で、根こそぎ蜘蛛の巣はなくなっていた。蜘蛛たちは人間より遥かに健剛に、自然と共生しているようにも思えた。風雨で住処を失った蜘蛛たちはいずこへ?

元来、絶対的な安全や生命が保障されているのではなく、自然との共生によって、我々生き物は存在しているのであろう。にもかかわらず他の生き物を殺戮し、己の欲しいままの我欲で、この世を支配しようとしている倨傲に満ちたヒト科ヒトの愚かさよ。挙げ句の果てに、ヒトとヒトとが殺し合うことを社会構造化し、その脅威から身を護るために躍起になって平和な遺産を歪曲し資財を費やそうとする愚の骨頂。必要以上に脅威を煽るかのような台風に対する報道。自然の摂理に反した住処の定め方。この国が嘗て美しかったのは、自然と共生し無常観を自覚する文化が創造されていたからだ。いつからか、この国の風土に即さない思想に依存し、自然と対抗し絶対なる富という幻想に踊らされている貧困たる精神の頽廃が、その美しさを奪い去ってしまった。本当の「美しい・・」が何かわかっているのか?

「ゆく河の流れはたえずして、しかももとの水にあらず」
台風に対するこの社会の対応に、歴史的な歪みを見る思いだ。
あの無常なる住処「蜘蛛の巣」にいる彼らに学べる敬虔な「人」でありたい。
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