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「欠如」ある美しさ

2014-07-17
「生命は
 その中に欠如を抱き
 それを他者から満たしてもらうのだ」
(吉野弘「生命は」より)

人との出逢いには、きっと何か”意味”がある、と考えることも多く、そのように考えたいと日頃から思う。たとえその時点で具体的な”意味”が見出せなくとも、きっと年数が経ってから「やはり」と思う場合もある。何か強力な磁場に引き寄せられるように出逢うこともあれば、軽妙な展開の中で、いつしかお互いが存在しているようなこともある。誠に世の中はうまくできているものだ。

冒頭に引用した吉野弘の詩を、先日の公開講座でも朗読した。「生命は 自分自身では完結できないように つくられているらしい」という語り出し。この謙虚な立ち位置から「生命」の普遍性を言説化している。「世界は多分 他者の総和」という一節にも、”個”の大切さが説かれ、独善や傲慢では「生命」が成り立たないことを悟らせてくれる。「虫や風」が「めしべとおしべを仲立ちする」という自然の摂理が明言されるが、実は人間もそのような相互扶助の中で生きているはずだと、深く考えたくなってくる。

カーオーディオに繋いだ音楽データを、「シャッフル」で流れる設定とする。「あの時」の曲のイントロが不意を突いて耳に届く。いま咲いている自分の”花”にとって、「虫や風」いや、その根底から導いてくれた大きな存在たる人の面影が、喩えようもなく宿る曲に再会する。「花が咲いている すぐ近くまで 虻の姿をした他者が 光をまとって飛んできている」詩は終末でこのように語る。その「虻」を「光をまとって」と思えるか、そして受容できるかが、花咲く人生の分水嶺ともなるのだろう。

人は時に「虻」の羽音を忌避し、「風」の悪戯を回避する。
「欠如」ある美しさを自覚した時、はじめて誠の生が光る。
「私も」「あなたも」「あるとき」に導かれることを恐れること勿れ。
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