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実績のおもてうら

2010-03-05

4日(木)これまでに取り組んできた仕事の実績が具体的に出る時期が来た。様々に不安もあったが、いざ出てみれば会社の過去の記録を大幅に塗り替えそう。「過去最高!」である。こうなると無条件に気分はいいもので、同じ担当グループの人々とも笑顔で会話できる状態になった。まことに実績というものは現金なものである。

というのは、5年ほど前のこの時期には、思うように実績が上がらないことを思い悩んだせいで胃炎になり、医師に薬を処方してもらったのを思い出す。担当箇所の歓送迎会も欠席し、実績主義であることを恨んだりしたものだ。世間でも大抵の場合は、実績が上がらないと担当者のせいにされ、上がれば顧客のあり方や世相の動向の影響だという話になるのではないだろうか。となると、実績が上がったからといって、単純に喜んでもいられない。こうした考えの土壌にいる限り、常に裏側で実績が上がらない時の悲痛な思いが見え隠れせざるを得ないからである。

すると実績が上がった時とはいえ、気を抜いてはいけないということになる。背後では、むしろ妬みが渦巻いている可能性が高い。本来は会社全体の利益を考えて喜ぶべき事であるはずが、一部のグループの成果と見なされて、社内ではこの実績に担当者の姿勢以外に原因があるのではないかという、矮小で偏向した見方が横行する。ましてや、それなりの立場にある者が、様々な局面で(本人が自分の立場での発言を公的とも思っていないのが最大の問題だが)、偏向した発言をしたと聞くと、尚更、警戒心が強くなる。

要は、「蛸壺」の中での小さな実績主義など、どうでもいいと言うことになる。その流れに乗って、おもてで喜び、うらで泣くぐらいなら、もはやこの二項対立から抜け出すしかない。構造的にこの図式の中で、何かを為していくという小さな価値観を捨て去ればいいのだ。はなっから、こうした考えでいるはずであることを再確認するだけなのだが。

「二流の人とは、役柄・地位・名誉などにしがみつく人。一流の人とは、そうした執着がない人。」先日、Twitterの中で知人がつぶやいていた。人間、いかに自分がしたいこと、自分しかできないことをしていくかが肝要なのだ。

まあ、実績の「おもとうら」自体が、組織内部の矮小な構造。自分が顧客との関係に於いて、そして顧客の将来が輝かしいものであるならば、素直に喜べばいい。そんな意味で、自信を持って前進できる道を歩んだ顧客のあり方に、自ら杯を捧げればいい。この日は、そんな気持ちで、いつもの寿司屋のカウンターに足を運んだ。

乾杯!

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