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「待てる」ということ

2014-04-21
「待つ」ということ
著名な鷲田清一の書名から。
「待ち切れなくて」から「待てる」こころへ。

何事も速度が重視される世相である。「スピード感ある」”改革”であるとか、「繋がるのが」”超速”であるとか、社会の「待ち切れなさ」は過剰なほどに進行しているように見える。かくいう僕自身も1年以上前までは、その「速さ」を身に纏っていた。問題はそれに対して、無自覚であったということである。

都会生活に距離を置いてみると、「駆け込み乗車」のような行為が、如何に馬鹿げているかがはっきりとわかる。東京ではわからなかったが、渡米した際にNYを訪れたとき、その都会的喧騒がいかに邪悪なものかをはっきりと察知した。人々は経済最優先で動き回り、過剰に密集した環境に居住し、信じ難き速度と接触寸前な動態で走る自動車の多いこと。運転をしていた僕は過度の疲労に襲われて、NY市からようやく離脱した道路のコンビニで、異常な甘さのアイスクリーム”ダブルを珍しく”簡単に平らげたという思い出がある。

「速度」は明らかに人間のストレスになるのだ。元来、ヒトは決して”速く”もない動物であろう。むしろ遅くとも精緻な思考ができるところが、長所であるのではないだろうか。「拙速」という語彙が存在するように、”駆け足”では見えず拙い結果に終わるものも、じっくりと取り組めば「熟達」するはずである。ようやく最近、その境地が見えるようになってきた。休日のひとときに、「待てる」幸せを感じ取ったからである。

「待つ」には忍耐と信頼が必要だ。
「不安」との対話から創り出されるもの。
ゆっくりと今日の一歩を見つめるこころを失わないように。
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