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言葉のエスプレッソ

2010-03-03

2日(火)自らが何にこだわるかについて、昨年から今年にかけて大きな変化があった。その場その時ではなかなか自覚できないことが、後になって次第に分かるようになっていく。社会的な体面にこだわるのではなく、自らがしたいことを自分のことばで表現し何かを創作していく。それこそ未来を想創造する生き方に他ならない。

 ここに2つのTwitterでのやりとりを紹介しておく。
『思いやり』のみならず『反発』や『葛藤』も読み取るべきかとRT 「国語教育における想像力の育成」について、数年前に書いた授業風景の文章が出てきたので貼っておきます。「国語は『思いやり』の教科」。関西弁です。


エスプレッソの比喩こそ吐いた自分の言葉を体現してます!RT : 本を読みすぎた者の言葉は軽い。自分の言葉が無いからだ。他人の言葉で語るからだ。生きて体で学んだ言葉を紡いで薫ぶり出して炙り出して搾り出して言葉のエスプレッソを見せてみろ。生きて吐いてみせろ。

どうも1日に吐き出す表現の量に限界があるのか、Twitterを意識してから、小欄の更新とその文章の進みが悪くなった気もする。その日に考えて採ろうとした話題が、すでに即時性を以て公開されているからだろう。そして毎度のつぶやきはTwilogにブログ形式で保存されていくので、常時つぶやいていれば、それなりの文章量のブログが自ずと完成していることになる。今やこの狭間を往還している人が多いような状況であるようだ。

それにしても、紹介した2つめのRTで賛同した、「言葉のエスプレッソ」とは何とも言い得て妙である。「生きて体で学んだ言葉」を「紡いで薫ぶり出して炙り出して搾り出して」いくという、その表現自体がこの方の「エスプレッソ」でもあり、明快な説得力の中に存在する言葉である。「他人の言葉」で語ることなく「自分の言葉」を持つことの意義が、十分に伝わってくるものだ。

しばらくTwitterとも融合した小欄の更新を模索してみたいと思う。

そういえばこの日の英会話は、講師がカナダ出身ということもあり、バンクーバー五輪の話題からカナダの話題に終始し、意味あるフリートークであった。何より授業の最初に、カナダのホッケーが金メダルを獲得したことを讃えたことに起因する。やはり故郷の栄誉、こだわりのあるホッケーから始まることで、英語においても「言葉のエスプレッソ」が大量抽出されたのであった。
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