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まずは「歩むとよ」

2014-03-16
休日の大学研究室に向かった。
大地をしっかり己の脚で踏みしめ、
坂道を一歩一歩登り詰めて。

都会生活をしていた頃よりも明らかに歩行数が減退している。特に3.11以後は公共交通機関に頼らず、3Km程度を基準に時間のある限り徒歩を決め込んでいた。自動車中心社会である現在の地方生活では、むしろ極力意図的に歩む機会を設けなければならないと痛感した。

路地を歩けば、家々の小柴垣周辺に花が咲いていることに気づく。角の家の庭にいるワンちゃんは、僕が通ると仲間を呼ぶように低音で「ゥヲン」と吠える。(最近、吠え抑制の為かマスク状のものを口に装着されていたが。)大学正門へ通じる坂道からキャンパスを見れば、昨年僕が赴任した頃に盛りだった桜並木を回顧できる。その桜も既に、今年の活躍の準備を始めていると言いたげであった。

こうした季節や日常の一面に繊細に気づく精神的作用をも、自動車文明は僕たちから奪い去っている。ヒトは二足で歩むことで、現状のように頭脳を発展させ生命を維持して来た筈である。30年以上前に描かれた「宇宙人」の姿態が、ことごとく四肢が貧弱で頭脳ばかり肥大していたことは、現在の僕たちの生活への警告と今にして解釈し直してみるべきかもしれない。例えば、建物内などの至近距離でも、携帯通話かメールで”連絡”(「食事ができた」等)を取り合う家族などを想像すれば、その身体性において、とても大切な部分が”退化”し始めていることが容易に理解できるだろう。あの”イカやタコ”のような「宇宙人」の想像図は、現在の僕たちの生活を揶揄してやまないのではないだろうか。

己の身体を以てして目的地へ移動する。
この単純な動きに深みを見出す。
歩くの延長で走ることへの意欲も、あらためて高まった。
身体性を無視した頭脳肥大は、必然的に病気をもたらすのだ。
まずは「歩むとよ」。
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