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「消しゴムの悲劇」を披瀝する

2014-02-01
「消しゴム」について話そう!
と言ってゼミ生に話題を振った。
すると5名全員が何らかの思い出を豊かに話した。
そしてもちろん僕自身も・・・
忘れられない「消しゴムの悲劇」を。

『大村はま国語教室』から興味深い実践内容をレポートし、自分なりの意見を加えて発表するという内容のゼミを行って来た。今年度最終回のこの日は担当のゼミ生から、「三つの話題ゲーム」が紹介された。何らかの「題」を決めて当たった人から15秒以内にそれについて何らかの話題について話す。それを続けて3つ提供するというもの。一つは出たとしても、なかなか二つ目・三つ目には及ばない場合が多いようだ。その一因として「日本人は話題に乏しいが、外国人は話題が豊富である。」という劣等感に根ざした二項対立の図式が提起された。果たしてそう考えていいのだろうか?

「コメント力」という意味においては、街頭インタビューなどで典型的な様子を見ると、個性的ではなく月並なことを述べるのが日本人と言えるかもしれない。だがTVの街頭インタビューはそれで、その取材方法や様々な要素に応じて、一般的な意見を拾う(あるいは番組に都合の良い意見を拾う)と言えるかもしれない。平穏無事で突出しない優等生的なコメントを、取材側・編集側が求めているということだ。それを差し引いて考えてもやはり、話題性に富むとまで言えるかどうかである。

そこでゼミでは、眼の前にあった「消しゴム」という題で即興で話題提供を実際に行ってみた。冒頭に述べたように全員が楽しめるような話題を話した。もちろん僕自身も、「消しゴムの悲劇」という過去を公開した。少々その内容を記しておこう。

小学校の中学年頃であっただろうか。「物は大切に使いなさい」という親の教えを遵守していた僕は、小さく丸くなった消しゴムを使用していた。ある授業のとき、その消しゴムがあまりに手軽なので、自分の頬あたりを無意識にコロコロと転がしていた。次第に平板な部分より起伏が欲しくなったのか、鼻の方面に小さく丸い消しゴムは向かった。すると一瞬にしてその消しゴムが、洞窟の中に埋没したのだった。そう!鼻の中にスッポリと消しゴムが入り、やや呼吸が苦しくなった。だが授業中ゆえに指を突っ込んで取り出す訳にもいかず、そのままこらえ続けていた。休み時間になっても、その消しゴムを鼻の中から取り出す手立てを思いつかない。保健室に行くかどうかも考えたが、元来僕は保健室嫌いであった。仕方なくやや膨らんだ鼻を友人に指摘されるのを恐れながら、俯き加減でその日は遊ばずに下校した。帰宅して即座に母に相談した。「消しゴムが鼻の穴に入って取れない!どうしよう!」すると、母は「鼻をかめばいいじゃない。」と一言。消しゴムは元気よく鼻の穴から飛び出すように”生還”したのだった。

この話題は正直、結構ゼミ生に受けた。まったく意図せず、用意していたわけでもない話題が、場を盛り上げる結果となった。やはり教員は、日常の様々な場面で”取材”に勤しむべきなのだろう。また自己披瀝を恐れなければ、豊かで個性的な話題提供が可能となる。日本人が話題に乏しいというわけではなく、横並びをよしとする環境が話題を封じ込めるのではないかと思う。より個性的で特異な経験を披瀝すると、周囲から疎外されるのではないかという”同調圧力”が、話題に対して貧困であるような態度の原因ではないだろうか。

誰でも自分だけの「物語」を持っている。
そんなファンタジーな心とともに、
コミカルな遊び心も持っていたい。
僕が子ども時代には、ザ・ドリフターズが大好きだったことも、
まんざら無駄にはなっていないようだ。
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