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親に対して怒りモードになっていませんか?

2014-01-17
母との電話での会話。
知らぬ間についつい怒りモードになってしまう。
電話の後でそれを悔いることしばしば。
その「モード」への契機を自覚すれば少しは自制できるかもしれない。
自己のためにも言葉として整理してみよう。

都会で至近距離に住んでいた時より、地方に来てからは確実に電話の回数は増えた。両親も僕と同じ携帯会社に「乗り換え」て「通話無料」を獲得した。また実際に会う回数も、都会にいた時より多いかもしれない。近くにいると「いつでも会える」が、「いつでもいい」となって両親に冷たくなっていたのかもしれない。ともかく僕の方から電話をすることも確実に多くなった。

母などはその電話を実に楽しみにしているようだ。通話が始まり最初はいいのだが、次第に何らかの契機で、僕が「怒りモード」に入ってしまう。その原因は何だろうか?とふと考えてみた。一つには、僕が母に対して社会的事象の認識が違うと感じた時である。3.11震災以後、情報の信頼性が揺らぐ事態が相次いでいるが、その「情報リテラシー」の差を痛切に感じると、ついつい「怒り」から「説教モード」に移行するようだ。

また会話上の形態が契機になる時もある。職業上、談話の文脈を大変重視するということに過敏である。ところが母の場合は文脈を無視し、しかも対象を明示することなく、話題が転換している談話が多い。するとこちらが話題を据え置いているために、話に齟齬が生じる。そこで「何の話をしているの?」となって、僕が「怒りモード」に入ってしまう。

そして最大な原因は、母が人の話している最中に自分から話を差し込んで来ることだ。「まだこちらの話は終わっていない。最後まで聴いて。」と注意するのだが、そこから僕自身の「怒り」が点火してしまう。しかも更にやるせないのは、この”癖”を遺伝的に自己の中にも発見したことがあるから余計である。親友からよく「人の話を遮る」と指摘を受け、意識的に「聞き上手」を意図しているので、最近は改善されたと自覚している。これは生育環境なのか性癖なのか、と自己に対する「怒り」が込み上げて来る。この手の談話態度は、コミュニケーションを考える立場として致命的であると思うがゆえに、実にやるせないのである。それを繰り返し指摘してくれた親友に、今も感謝の念が絶えない。

こうして整理するとたぶん、
「発火点」で自制が利くようになるだろう。
今も現役で自営業を頑張る両親。
その身体など心配は様々だ。
貴重な電話を、せめて冷静な温かい心で会話したいものだ。
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