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「臆病者」こそが真の・・・ー映画「永遠の0」ー

2014-01-14
「必ず生きて帰る」
妻にそう告げて戦地に行った宮部久蔵。
「当時は、愛するとは言わないが、同じ意味でそう言ったのです。」
と当時の戦友が回顧する場面が印象的だ。
映画「永遠の0」。

昨夏、じっくりと小説を読み、そして大好きなサザンの「蛍」を無数に聴いて来た。原作・テーマ曲という組み合わせに、長い間心を躍らせ続けていた。12月21日封切りとなっていた映画を観た。しかも映画内の舞台の一つである、鹿児島で観ようという”思い付き”を敢行した。小説と映画との差違はともかく、むしろ小説の細部を知っているだけに、他の観衆が感涙しない場面でも、しゃくり上げるように泣いてしまった。何人かの観衆が僕を振り返るほどだった。

「それでいい」と思った。”男”が映画を観て、観衆に振り返られるほど感涙して何が悪いのだろうか。それは、かの戦争というあまりにも大きな過ちに対して、今の世代を生きる僕たちの責務であり、伝承されるべき”物語”なのである。映画内で末期癌におかされた宮部を知る一人が語る。「医師の宣告である余命何カ月よりも生き長らえている意味が分かった。あななたちに、この体験を語る”意味”があった。」と語る。命とは、世代を超えて伝えるとは何か。まさに「生きる」意味を感じさせる。

時代をある「空気」が支配する。その中にあって「愛する人」が何より大切であるという考えを貫く宮部。「日本帝国海軍一番の臆病者」と罵られる。教官として教えた学生たちを戦地に行かせたくはないという感情から、試験に「可」を与えない。やがて教え子たちが、特攻に向かう現実に直面し、苦しみの底に沈み込んでしまう。果たして宮部は、愛する妻と子のもとにどのようにして帰るのか。

兵器を拡充し情報を秘匿し建前の国への愛を喧伝する。
それこそが、実は「臆病者」に他ならない。
真に強い人間とは、たった一人への愛を貫ける者のことである。
”現地”鹿屋の資料館で、僕は一人一人の”物語”に頭を垂れた。
この現代においても強い「臆病者」であるべきと、映画「永遠の0」は教えてくれた。
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