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無言の微笑みに安らぎが

2013-12-11
ふと微笑みかけてくれる瞬間、
この上ない安らぎを感じることがある。
無言であれど陳腐なことばより上質だ。
「以心伝心」とでもいうのだろうか。
日本における「察し合う文化」の利点を考えた。

勤務地周辺に馴染みの店も何軒かできたが、そのうちの1軒ではまだ世間話を交わしたことがない。僕としては稀なことであり、交わすことばは入退店時相互の挨拶と注文のみである。せいぜい「寒くなりましたね」と注文前に加えた微かな記憶はある。なぜこうした”稀少な現象”が起きるのかというと、やや広めの店内でご主人は厨房とカウンター内から出ることはなく、奥さんも至って上品さを醸し出し、必要以上の会話に与しない雰囲気があるからだ。僕が馴染みになる店の類型としても珍しいケースなのである。

ところが、この店に足繁く”通う”のには理由がある。店主がカウンター内から僕に向けた「無言の微笑み」に魅力があるからだ。もちろんその料理、特に「チキン南蛮&ポテトコロッケ」の手作り感と良質な材料、食後の珈琲の何ともいえない美味しさが格別であるのは確かだ。その料理を作り出す店主夫妻の心が、「無言の微笑み」となって提供される。料理と微笑みにどこか相似形を見るような思いがするのである。

それでもなお、「会話コミュニケーション」好きな僕としては、いつかどこかでこの「無言の微笑み」に、終止符を打とうかと画策しないわけでもない。「このお店は、もう長いんですか?」などという疑問文を、発しようかと毎回のように考える。だがついついその微笑みを”保存”していたい気持ちも働き、”無言”を通している。もちろん店主夫妻は、僕が頻繁に来店していることに対する感謝も「無言の微笑み」に込めている。「こんにちは」「ありがとうございました」という定型句に載せて、「感謝」の心が倍増して伝わって来る微笑みができる店主なのだ。

果たして僕は〈教室〉で
このような意味深い表情ができているだろうか?と考えた。
表情も重要なコミュニケーションの具である。
「無言の微笑み」によって会話ができる関係。
「以心伝心」の妙を楽しむときがあってもよい。
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