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携帯着信は不安ですか?

2013-11-28
携帯に着信あり。
友人・知人・親族の場合。
相手が予想できない番号の場合。
それぞれに思い抱くことがあるのだが、
どうしても「不安」の方が大きいのはなぜか。

人一倍想像力が旺盛であると自認する。読み物全般に於いて、様々な行間に入り込む癖があるからだろう。物語・小説などは構造上「事件の発生」が準備されている。その領域を通過する主人公が、異界を体験し再び現実に戻るか、あるいはその逆という展開となるのが典型的である。これは映画やドラマの構造も同じである。それゆえに、携帯着信を契機に「事件の発生」を様々に想像してしまうのである。もちろん楽天的な性格でもあるから、希望を見出すことがないわけでもない。だが過去の多様な体験から負の方向性を想像してしまう自分を発見することが多い。

自動車運転中であれば、すぐに受話できない。着信しつつ信号待ちに相手を確かめる程度となる。するとどのような相手でも不安が増幅する。これは一種の現代的”携帯”症候群のような症状だと自己診断できる。昨日も運転を挟んで、このような不安な時間を過ごした。車内に流すサザンの曲の種類さえ左右した。(僕にとって大きなことだ)だが、自宅に着いて友人に電話すると前向きな相談内容であった。それまでの不安は一掃され、穏やかな気持ちになった。

では、その不安は無益なものなのか?否、友人との関係を様々に考える為の材料になったという意味では、有益な時間であったかもしれない。こうして小欄に記すことで、無益を有益に変換することばの作用が働いているともいえよう。表現するということは、自己を”創作的”に意味付けるということでもある。

いつでもどこでも携帯できる。
その利便性が、様々に人間の心理を揺さぶっている。
先進の機器に支配されないようにするためにも、
自己の多面的な想像力が必要とされるであろう。
友人の希望を語る電話に感謝し、のちに安眠が用意されていた。
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