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「をもしろき女」坂本龍馬の妻・お龍

2013-11-14
尊敬する人物の一人・坂本龍馬。
妻・お龍を「をもしろき女」と龍馬は評した。
その行動力によって龍馬は命を救われたことも。
決して落ち着いた生活ではなかった二人。
あらためて歴史的英雄の愛した女の偉大さを感じる。

明日が「龍馬祭」(龍馬の命日)である。いつかは行きたいと思いながら、仕事の都合でなかなか実現していない。高校生の時に『龍馬がゆく』を読んで以来の願望であるが。それでも京都に行くと、必ず遭難の地である「近江屋趾」には行き、その場で掌を合わせるようにしている。このように尊敬する龍馬の妻・お龍に光を当てた番組・NHK「歴史ヒストリア」を観た。

好奇心旺盛、絶大な世界観をもった龍馬の心を惹き付けたお龍も、実に魅力的な女性である。多芸で献身的でありながら、ここ一番での気丈な行動。伏見の寺田屋事件の際に、奉行所の捕り方に囲まれた状況を風呂場で察知し、ひるむことなく2階の龍馬らに伝えた行動力は、想像するに人並みではない。その後も、伏見の街中を奔走しいち早く薩摩藩邸に龍馬危機の状況を知らせた行動も、単に「気丈」というには不十分なほどの振舞である。

寺田屋から逃走する際、手に大怪我を負った龍馬を、その後、保護された薩摩藩邸で献身的な看護をし、死線を彷徨っていた危機から生還させたのもお龍だ。気丈な行動力とともに、愛情に溢れた献身度を見ても、龍馬が惚れ込んだ女であることに納得が行く。こうした相反するような両義性を兼ね備えているという点からも、「をもしろき女」という評の奥行きを感じ取ることができる。

パートナーの如何で人生も変わる。いや龍馬の場合は、お龍の存在なくして歴史まで変わったといえるのかもしれない。それにしても、寺田屋事件以後に薩摩で龍馬の療養をすべく二人がゆっくりした時間を持てた以外、共有する時間が殆どなかったのは実に哀しい。龍馬は新しい国のかたちを求めて、日本を大きな世界に開こうと東奔西走する。周知のように、新しい日本を見ないうちに京都で遭難してしまう。「私心があっては志とは言わぬ」という発想を龍馬は体現したのであるが、それにしても愛すべき人とも、歴史の怒濤の中で引き裂かれてしまう範疇までを「私心」と呼ぶには、何ともせつない思いに駆られてしまう。

坂本龍馬にお龍あり。
実に、ともに生きるべきパートナーは重要だ。
お互いに夢と希望へ向けて行動できる関係性。
「志」と愛情との境界線。
憧れの「をもしろき女」。
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