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すべては「対話」の実践から

2013-10-29
「対話」をどのように〈教室〉で実践するか。
理論をいくら構築しても現場でどうするかが重要だ。
幾多の研究者と接しているが、自ら実践できる力を持つことは尊い。
現場からまさに「叩き上げ」で歩んで来た経験が大きいだろう。
僕自身が目指す一つの方向性であるとも感じ取れた。

附属中学校に宮城教育大学の相澤秀夫先生がいらした。教員研修として講演のみならず、中学2年生の道徳授業を実践された。その生の授業から学ぶことは、”豊作”とも比喩したくなるほど実り多きものであった。研究者であり授業実践者であるということ。「自らできる」という妥協なき立場こそ、教育系研究者として必須の素養ではないだろうか。

授業前から担当クラスの生徒たちとの”出会い”を楽しむ。相澤先生はそこから始めていた。一人一人のファーストネームを呼びつつ、返事の「声」を誉め称え握手を交わして行く。「これから「対話」の時間を持ちます」ということを相互が心身ともに起動するための扉を開くのである。初対面の子どもたちと”出会う”ということ。それが「対話」の入口である。

子どもたちの「声」を褒める語彙を多様に持つことも大切だ。「大きさが大切なのではない」とした上で、「切れ味」「響き」「力強さ」「信頼される声」「気負いのない声」「安心できる声」「声のモデル」等々を個々の子どもたちの返事に対して褒めて行く。「(中学生は)自分の声に責任を持つ。」ということばも有効に作用する。そして「声が届くということは、学び合うということ。」という理念を提示しておく。

その理念は、その後の授業内で実践される。前置きも少なく教師からの「道徳教材文」の音読が始まる。抑揚あり強調表現あり。その音読そのものが〈教室〉の緊張感を醸し出し、子どもたちを自ずと内容理解へと誘う。指名読みのあり方も巧妙だ。「いい読みだね〜」と褒めながら、「・・・がわかる読みだったね」といって内容理解の注意点を加える。しかもその授業で扱う要点となる部分を繰り返し読ませて行く。一斉読みと個別読みを縦横に配置する。次第に最重要な一文に焦点化し、”執拗”と思えるほどに「音読」を繰り返して行く。

教材内容から生徒たちに考えて欲しい内容は、行数を指定してノートに書かせる。すぐに机間巡視を始めてはならない。まずは個別生徒に対応しておく。生徒が一定量書き上げたら、机間に入りその書いている内容について自ら座席表にメモしながら、「◯△さんは、・・・ということを書いている。一番考えて欲しい内容だね」などと全員に紹介して行く。子どもたちは褒められながら自分の書いた内容が紹介されるので、一向に嫌悪感も示さない。書いている時にも情報を次々と入れて行く。それが学び合いの場である〈教室〉のあり方なのだ。もちろんこうした間に、後の発表順番を意図的に構築しておくことも要点である。

子どもたちは席が隣の者と意見交流をする。そして他者から得られた意見は「赤ペン」でノートに書き加える。交流の中でわからなければ「もう一度聞き返す」ことを指示し、受け止めることの大切さを明示し「聴く力」に配慮する。「友達のことばをもらうということは悪いことではないよ」という投げ掛けも印象的であった。その後、全体に向けて先ほどの座席表メモに基づき個別発表となる。

個別発表では、最重要な点を書いている複数の者から始める。一つの鍵となる単語が出て来たら、「・・・の中身が問題だね」などと価値付け・評価しながら、深いことを書いている子どもたちへの発表へと移行して行く。どういったことばを投げ掛ければ、子どもたちの考えが深まるか、という観点で多様な表現力を持つことが教員として大変重要であると認識できる。そしてまた子どもたちの発表内容を、「驚きの眼」をもって見ることも大切であるという。決して子どもたちを「見下さず」「決め付けず」「固着しない」姿勢で受け止めていくことが大切だということだ。

授業の最後は、この内容は「君たちの普段の生活にも起こりうることだね」という提起をする。そんな場面で、「どのように考え、判断し、行動するかが大切になる。」といって、教材文で学んだことが机上のことではなく、自らの身上の問題であることを述べる。決して教訓的内容をまとめとして押し付けないことも重要だ。往々にして教師は、道徳授業などというと、説諭的姿勢で上から規範を押し付けるという悪弊に陥りやすいということへの警鐘であるとも解せた。

記憶の鮮明なうちに、覚書のように書き連ねた。敢えて小欄では教材文の内容を示さず、授業進行方法に注目してその要点を記したつもりである。この受け止め方そのものが、僕自身において授業が「見えているか」、ということが問われる解釈ということになる。授業後の講演では、そんな視点から相澤先生の多様なことばが我々に提供された。更には、3.11震災での先生御自身の厳しい体験も語られ、「学び合うことは生きること」といった教育の原点が再認識できる深い講演内容となったことを言い添えておこう。

「話し合いは、考え合い」
「学び合いも、考え合い」
考えるということ。
いつしか日本の教育が忘れていることでもある。
研究する実践者として僕自身の「考え合い」を大切にしたい。
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