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リレーの醍醐味

2013-09-27
秋、運動会の季節である。
この行事が好きであったか否か?
思い返せば幾多の思い出がある。
なかでもリレーの走者として、
次の者にバトンを渡す緊張感は堪らなくいい。

小学校低学年では、決して足が速い方ではなかった。早生まれのせいか、幼稚園からむしろ”鈍い”部類の子どもだった。しかし高学年になる頃から、不思議と足が速くなり出した。今考えれば、自分の部屋が4Fにあり、毎日何回も急な階段を昇り降りしていたのが、脚力強化に繋がったのではないかと考えたりもしている。

足の速さに比例して、勉強も”鈍さ”を解消し、また学級委員などにも自ら立候補するようになった。この頃から、歩く・走ると脳との相関関係が読み取れるという訳である。中学校に入学すると、足の速さは常に学年一番であったと記憶する。プロ野球入団テストの1次基準が、50mを6.3秒以内であることを知り、そのタイムを目指した。毎朝毎朝、走り込む日々であった。

高校に入学すると、6.1秒(50m)が記録できるようになっていた。学校には陸上部で5.9秒で走る男がいて、彼にだけは勝てなかった。だがクラスでも、クラブ対抗でも必ずリレーに出場するようになった。特にクラブ対抗で、400mトラックのコーナーで2人を抜き去ったことは記憶に鮮明だ。偶々、器械体操部の同期生には足の速い奴らが多く、クラブ史上に残るリレー2位を記録した。(バスケット部が全国トップレベルの実力で、そこだけには敵わなかった。)

こんなことを思い出しながら、人生にもリレーがあると最近思う。だが、バトンを貰う相手、渡す相手は、偶有性に満ちた中から、理屈では説明できない縁で結びつくものだ。そのバトンを渡すタイミングが絶妙に合致し、不思議と潤滑に物事が進行する場合もある。そしてまた、人生の走り方には流儀がある。日常から日々、どのような習慣をもって生活しているか。バトンに象徴されるものに刻まれた、生活の表層がある。

生々流転。
生きるとは、この中に身を置くことでもある。
バトンを渡し、新たなバトンを受け取る。
「ゆく河の流れはたえずして、しかももとの水にあらず。」(『方丈記』)
流れの中で、出逢えた人々に心から感謝である。
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