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「蛍」の深淵を覗き見る(2)

2013-09-15
「青空は悲しい空
 揺れる木漏れ日がせつなくて
 夏が来るたびあの日と同じ
 風が通り過ぎて行ったよ」
(サザンオールスターズ「蛍」より)

68年目も「悲しい空」の「夏が」来て、「あの日と同じ風が通り過ぎて行った」。僕たちは、この「あの日と同じ」に対して、きちんと正対した姿勢で向き合えているのであろうか?百田尚樹『永遠の0』(講談社文庫)を読んでいると、自ずとこのように考えてしまう。空虚なことばだけの「平和」への祈り。果たして本当に僕たちは、68年前の惨禍を理解しているのであろうか。「特攻隊」という「狂気」一つを取り上げてみても、その理解は不十分、いや間違いであるということを痛感させられる。

現代に生きる兄弟が、特攻隊員として終戦直前にして命を落とした祖父の生き様を再現し理解しようとする物語。戦争中の祖父を知っている人々を尋ね歩き、様々な事実を知って行く。そこで語られることは、小説の中の兄弟に投げ掛けられると同時に、僕たちの今への警鐘でもある。それは『永遠の0』が、密かに200万部突破というベストセラーとなって来た力をみる思いである。

「しかし、軍部をこのような化け物にしたのは、新聞社であり、それに煽られた国民だったのだ。」(『永遠の0』P425より)
同じ過ちを繰り返してはならない、などと毎年夏が来るたびにどこからともなく語られることば。だがしかし、特に昨今の報道や国民の政治への姿勢を鑑みるに、「同じ過ち」の意味内容が理解されていないようにも思えてならない。多くの人々が、個人的に様々な資料に触れない限り、その「過ち」がどんなものであったかを正確に知らない。もちろんそれは、学校で現代史を批評的に学ぶことがないことにも起因している。

あるショッピングモールで『永遠の0』を読んでいると、
12月上映の映画予告がサザンの曲とともに流れて来た。
その予告を見るだけで、もはや高鳴る思いが胸に込み上げる。
「誰のために生きるのか」
それは68年前のことではなく、
僕たちの今への問い掛けなのである。
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