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”剥がれたメッキ”の上塗りだけはやめよう

2013-09-13
「「永遠に不滅」と
 彼は叫んだけど
 信じたモノはみんな
 メッキが剥がれてく」
(サザンオールスターズ・『栄光の男』より)

復活を遂げたサザンのニューシングルに収録された4曲は、どれも渾身の力作である。小欄でも僕なりの視点で以前は「このオッチョコチョイ」と紹介した『栄光の男』の一節。「永遠に不滅」と叫んだ「彼」というのは、もちろん長嶋茂雄氏のことである。昭和49年10月の現役引退セレモニーにおける挨拶を象徴する名言である。長嶋氏は、「栄光の巨人軍に入団以来・・・」と「栄光の」という枕詞を冠して一筋に所属し自らが時代の寵児となった「巨人軍」を表現した。そして現在も「終身名誉監督」である。

僕も長嶋茂雄が大好きである。”大好き”では収まらない、”崇拝している”といった方が適切かもしれない。彼の現役選手としての輝きは、まだ野球がわかるかわからないかという幼少時であっても鮮烈に眼に焼き付けられた。ここ一番の勝負強さ・豪快なスイング・ゴロ捕球から送球まで、いやその後まで動きを追いかけたいほどの華麗な守備・果敢な走塁。その輝きに匹敵する選手を、僕はまだMLBを含めて発見し得ていない。まずは、誤解を招かない為に、僕が長嶋茂雄の崇拝者であることを明言しておく。(ちなみに王貞治は、「尊敬する人物」である。その違いはまたの機会に。)

『栄光の男』は、この長嶋氏引退セレモニーを大学生として喫茶店のTVで観て、”手が震えた”という桑田佳祐さんの体験をもとにした詞である。(歌詞の中では「立ち食いそば屋」となっている)青春の不甲斐なさを存分に感じている頃の桑田青年に、何らかの”輝き方”を教えた一瞬であったのかもしれない。だが”大人の階段”を登れば登るほど、「信じたモノ」の「メッキが剥がれてく」というわけである。それは僕自身も、幼少時に長嶋茂雄のプレーを観てしまったこと、巨人軍の本拠地・後楽園球場に家が近かったこと、両親揃って大の巨人ファンであったことなどから、妄信的に”熱狂的巨人ファン”になる道が用意されていたのだ。だがしかし・・・。

とりわけ研究者などという職業をやっていると、疑い深くなるものだ。研究の道を邁進すればするほど、僕の中で「メッキが剥がれて」行った。昭和という時代が作り上げた日本の高度経済成長という発展。それは「巨人・大鵬・玉子焼き」といわれるように「巨人」の強さが、世相や時代の趨勢を創ってきたわけである。そうした時代の真っただ中で開催された1964年の東京五輪。こうした強引とも言える社会の推進力が、日本を世界で名だたる経済大国に押し上げて行った。だがその背後で様々な不条理が多数存在し、特に弱者を苦しめて来た現実があることを、僕たちは忘れてはならないであろう。

2000年代になって、僕が修士課程を修了し研究者として本格的に走り始めた頃から、巨人に貼り付いていた「メッキ」は、僕の中で完全に「剥がれ」落ちた。日本プロ野球の発展に寄与したのは間違いなく巨人であるが、日本プロ野球の根本的な人気低迷を招いたのも紛れもなく巨人の一球団独裁が続いているからに他ならない。巨人のみならず、日本社会では多くの”モノ”に「メッキ」が施されていたことに気付いたのである。政治・経済・社会・報道・教育・福祉そして原発・・・。

だからこそ今、声を大にして問い掛けておきたい。
2020年東京五輪に向けて、「メッキの上塗り」だけはすべきではないと。
1964年東京五輪で日本は変わったのは確かだ。
だが無理矢理「メッキ」を貼り巡らしていたことを確実に反省したい。
56年という月日により、より成熟した日本社会に変わることを今回は願いたい。
いや、それを進めるのは僕たち一人一人である。
再び「メッキ」を上塗りしようとする動きを、
注意深く拒む眼や行動が求められているのではないだろうか。

『栄光の男』はこうも語る。

「I will never cry
この世は弱い者には冷たいね
 終わりなき旅路よ
 明日天気にしておくれ」

「弱い者には冷たい」社会が、世界に誇れる五輪を開催できるだろうか?
日本の正念場となる7年間を、僕たちは歩み始めたのだ。
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