夏を見送る頃
2013-08-27
暑い暑いと繰り返す日々。猛暑と大雨の報道ばかりが目についた。
しかし、駆け足を急にやめたかのように、
夏が早々に退散したような1日。
いつしか、夏を見送る頃に・・・。
涼風・虫の音・月の色。ふと夜道を帰宅の道すがら、そんな三拍子に出逢った。頬に触れる風は確実に涼感を伴い、叢に限らず合唱が喧しく、月は穏やかな色彩を放つように感じられた。もう既に秋が確実に目覚めている。
10年以上前になるであろうか。夏の終わりが来ると、喩えようのない”やるせなさ”を全身で感じ取り、己の行くべき道の当否を真剣に悩み苦しんでいた時季があった。果たしてこの夏に何をしたのであろうか?そんな疑問に答えようにも答えられない自分がもどかしかった。
やがて夏の終わり頃に設定されている論文〆切に向けて原稿に向かう日々となり、一夏が”カタチ”になる苦しさと(自己)満足感に浸るようになった。その流れの中で、ある年の夏を見送る頃、生き方が劇的な変化を遂げた。
今現在はこの時季になっても、さしたる焦燥感や後悔の念は湧き上がることもない。こうして毎日を小欄に記すことで、一つの”カタチ”にしていることも大きいであろう。何事も”本気”かつ”冷静”に自己を見つめながら、日々を歩むようになったからでもあろう。
決して先を焦ってはいけない。秋が来て収穫の時季となれば、きっと何らかの”カタチ”が見えて来るに違いない。独りよがりでは進まないことも人の道には多い。結果と効率主義の世相に楔を打ち込もうとしているのは己である。
眼に見えない”カタチ”を大切にしよう。
それは日々の中に存在している。
焦らず不貞腐らず独りよがりにならず。
毎日の今を輝かせよう。
10年以上の時を超えて、真に夏を見送る骨太さが自らの中に見える。
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