fc2ブログ

「日米通算」を認めさせた男

2013-08-24
4000本の安打を重ねて来た。
1本また1本を繰り返す。
彼は3倍ほどの失敗もしていると言った。
その失敗をバネに心身を削る毎日だという。
成功や安楽は数限りない苦難の果てにあるのだ。

イチローが、日米通算4000本安打に到達した。メジャーにおいても彼以上に安打を打った選手は、タイ・カップとピート・ローズしかいない。その到達は、左打者のイチローが見事な流し打ちで、三遊間をゴロで美しく破る左前安打であった。一塁ベースに至ると、味方のベンチからチームメイトが誰からともなく拍手をしてイチローの方向へ歩み出した。彼はこの反応を意外だと表現したが、僕はこの映像を見た瞬間、一つの感慨が湧き出した。それは「日米通算」が初めて、メジャー世界に胸を張って受け入れられた瞬間であったという想いである。

僕が野球少年だった頃、王貞治がメジャー本塁打記録の755本を抜く記録を達成した。ヤクルトスワローズの眼鏡をかけた鈴木投手から、高々と打ち上げた打球が右翼席に吸い込まれた。その瞬間、王貞治は大きく両手を広げ一塁ベースに向かってゆっくり走り出していた。テレビでその一部始終を観ており、立ち上がって「世界一だ!」と叫んだ少年は、両手を握りしめて、その拳が震えていたのを記憶している。

だが、少年は翌日の新聞を読んで、たいそうな疑問を持った。特にメジャー関係者や米国ファンのコメントには、「日本は球場が狭い」「真の本塁打王は・・・だ」などとこの世界記録を認めないものが羅列されていた。裏を返せば、シーズン後に数年おきに行われていた日米野球において、来日するメジャーリーガーが後楽園球場の照明灯の柱を直撃したり場外本塁打を放ったりすれば、やはり「これがメジャーの力だ」という報道がなされていたのだ。新聞報道もメジャーの巨大な力を礼讃し、そのアメリカ的な野球における熱狂を日本に浸透させる意図が、意識的にか、あるいは米国への劣等感による自然発生的にか、蔓延していたように今にして思う。それが昭和という時代であった。

米国追随、それはメジャー礼讃、そして野球文化の浸透。これが日本の高度経済成長に大きな力をもたらしたのは事実であろう。まさに僕自身も、野球の虜となった少年の日から今まで、その文化を享受し生活の一部として楽しんで来た。だが、メジャーに多くの日本人選手が渡るようになった2000年代になってから、その趣は一変した。メジャーそのものが多国籍化し、中南米の選手の割合が高まり、米国の国技としてのBaseballからグローバルなBaseballになったのである。その一つの流儀が、「野球」ではないかと僕は思っている。その「野球」はグローバルベースボールの国別世界一決定戦で2度の優勝を遂げた。その牽引者が、王貞治とイチローであるのは、昭和の野球史を知る者にとって、とてつもなく大きな意味を持っていたのだ。

それだけに今回、イチローへの祝福の姿勢がチームメイトか自然発生的に為されたことは、歴史的記念碑ともいえる事実であると思う。しかも(悔しいが)”ニューヨークヤンキースの選手”たちが、である。まさしくイチローは、「日米通算」のもつ閉鎖的な垣根を破壊し「日本野球」を初めて世界(グローバル)に認めさせた男なのである。現に中南米選手でイチローを尊敬し慕う選手たちは多いと聞く。あとは、日本球界と一部のファンが閉鎖的な眼(まなこ)を開放し、この感覚を享受することを願うばかりである。

野球に興じるとはどういうことか?
「日米通算」という概念の捉え方に象徴される文化的意義。
僕自身の”熱狂”の根源は何か?
ある意味で自分史と歴史の対話でもある。
ここを消化することこそが、真に野球を愛することだと昨今痛感している。
関連記事
スポンサーサイト



tag :
コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://inspire2011.blog.fc2.com/tb.php/1378-b467079c

<< topページへこのページの先頭へ >>