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“Re”の思想

2013-08-19
いつか見たことがある光景だと思う。
いつか見たことがある夢だと思う。
そんな想いに取り憑かれることはないだろうか?
記憶の”引出し”はどれほど正確な情報なのか。
“Re”の思想、「この道はいつか来た道」。

手元の英和辞典を引くと、”re”は、「{接頭}[ラテン語系の語に用いて]再び、新たに、繰り返して、元に」と解説されている。ただちに詳細な語感まで調べる余裕はないが、「再び、繰り返して、元に」と「新たに」はややニュアンスが違うように思う。元通りの地点に回帰するのか、前進した地点から過去を回想するのかという点である。もちろんこのように日本語でも、「回帰」というか「回想」というかで語感は大きく違うはずだ。

“repeater”は飲食店などに対して汎用されるようになっている語彙だ。その美味しさをもい一度という想いから、「同じ店に足繁く通う人々」ということであろうか。だが僕自身の淡い経験から言うと、 完全に“repeater”となるには「食物の味+α」が必要な気がしている。同じメニューを注文したとしても、前回とは違う気分で食べられるということ。これは味そのものに変化があるということではない。気分がいつも新鮮でいられるかどうかという手合いのことだ。このあたりはなかなか言説化するのは難しい。

新鮮な気分でいられるということは「新たに」という感覚を失わないことだ。「元に」という感覚が強いと後退した気分になる。「再び」が受け入れられるには、「新たに」の要素を付加している必要がある。ちょうど螺旋階段を昇るかのように、真下に見える光景を回想しつつ、新たな高みまで昇っている自覚。「転生ーReborn」とは、こうした微妙な違いを意識する思想が求められるように思う。

時間に追われて「回帰」する間もなく東京を発った。
再び穏やかな時間が流れる地で落ち着いた。
無為な「回帰」で過去に引き摺る込まれることを、
運命的に回避できたのかもしれない。
「新たな」自己を存分に生かす場所に僕はいるのだ。
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