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心なしか今夜・・・

2013-07-24
ことばとは人が現象を心で捉えたもの。
その心の動きがあってこそことばという豊かな表現に転じる。
ことばの蓄積は豊かな心の存在そのもの。
ゆえに「心なしか・・・」という表現がたいそう気になる。
サザンのデビュー曲「勝手にシンドバッド」の一節にもこれが・・・。

言語の誤用というのは、時代とともによく起きる現象である。「心なしか・・・」は、「そう思ってみるせいか。」ほどの意味で、「心」+「なし」(物事の状態を表す)という成り立ちであり、「無し」ではない。もちろん「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」という西行の名歌に見えるように、「無し」の場合もある。このような区別を明確にするためにも、古語を学ぶ意義がある。

最近、辞書編集者である僕の先輩が書くコラム「日本語どうでしょう?」(ジャパンナレッジ)で、やはり「とんでもない」は「とんでも」+「無い」ではなく、「ない」は「たいそう〜だ」という意味で、「とんでもあり(ござい)ません」は誤用であると指摘されていた。(しかし慣用となってしまっているということ。)ちなみに手元の辞書で引いてみると、「途でもない」が変化したもので、1「思いがけない」2「あってはならないと思われる様子だ」3「どのような点からもそのような事実はない様子だ」といった意味が列記(『新明解国語辞典 第6版』)されている。その上で、3の用法では「謙遜の意味を含む」とされて「とんでも+無い」と分析する誤用が指摘されている。あらためて考えてみれば、やはり日常的に誤用を通行させてしまっていたかと我が身を振り返りもする。

同コラム(169回・7月22日付)では、「いさぎよい」は「いさぎ+良い」ではなく、一語で「潔い」であるという指摘がテーマである。小学校で「潔い」の読み方は学習するのだが、ついつい「よい」という音から「良い」を連想してしまうのであろう。ゆえにもちろん「いさぎが悪い」は「とんでもない」誤用であることになる。「いさ(甚)(勇)(弥)+きよい(清い)」という語源説が有力であることも確認できた。


さて「心なしか今夜・・・」に戻ろう。
この表現は、僕としてはたいそう愛すべき語彙である。
この日も、心配事に突然直面し憂鬱なことがあった。
それまで「夕焼けが美しい」などと感じていた心が急に暗くなった。
まさに「心なしか今夜・・・」である。
人は「心」次第で様々な事象をまったく違う捉え方をしてしまうものだ。

それでも時間は先に進む。
早めに寝ようと思いきや、
最終的には一本の電話で安眠への道が用意されていた。
「心なしか今夜、遠く蝉時雨・・・」(桑田佳祐の曲を合わせて)
などという一節を思い浮かべながら。

起床時には、「蝉時雨」も五月蝿いとは感じられない。
実に豊かな情緒であると思えるようになっていた。
安眠完遂!
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