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アーサー・ビナード氏講演「日本語をつくった生きものをさがせ!」

2013-07-08
「日本語を守るために最後まで闘う」
アーサーの口から放たれた力強いことば。
僕の心の奥底まで響き渡り確実に何かを変えようとするものだった。
母語話者、否、国語教育・文学研究に関わる一人として、
今まであまりにも認識が甘かった。
既に日本語への浸食は水際まで来ていることを見過ごしてはならない。

日本語は「廃棄処分」の危機にあると彼は云う。「根っこのあることば」は、自然と人間が共存する「里山」で生まれる。その「里山」のあり方自体が、今後の経済政策で頽廃し成立しなくなるというのだ。そう、この日の講演会も自然豊かな「里山」で開催された。講演会場からも水田や用水池、そして山あいに豊かな緑が見え蝉が鳴いている。「木城えほんの郷」というファンタジーの世界と自然と人間が融合できる、理想的な空間だ。

最初に覚えた日本語は、「シュワッチュ!」というジョークで始まった講演。大学学部で「シェイクスピア」を卒論として書いている最中に偶然日本語に魅せられ、卒業式を待たずして来日。東京は池袋の日本語学校に入学したという。幼少の頃から、「hibachi」と呼ばれる代物が家にあって、バーベキューで使用していた。ところが日本に来て「深川江戸資料館」に行くと、それが「七厘(七輪)」であることを知ってショックを受けたという。同時に、「七厘」とは「わずか七厘ほどの値段の炭で食物を焼くことができる」というエネルギー政策として有効な道具であることを知った。そこで、むしろなぜ「七厘」が米国では「火鉢」と称されたのかに疑問を持つようになった。彼の調査の結果、明治期に米国商人がエスニックな調度品で儲けようと企み、日本から大量に「七厘」を持ち出した時に「火鉢」と名札を間違えたということらしい。「ことばは化ける」ゆえに、その正体を見抜く必要があるのだという導入の話からして、実に巧みであった。

アーサーの身体の中には、スコットランド民謡としてのメロディーと歌詞内容がある。それは「Auld Lang syne(スコットランド語)Old long since(英語)」というもので、「友情と絆の歌」であるという。しかし、その曲を日本のスーパーの閉店時に聞いた後、歌詞を知って「蛍と雪」が出て来ることに驚いた。その後、嫌悪していた「蛍の光」の歌詞が、実は自然エネルギーの歌だと解釈できるので好ましく思えて来たという。また、アーサーは「君が代」の歌詞が好きだという。世界中に「苔」が歌詞に登場する国歌など他にない。だが昨今、「A rolling stone gathers no moss」という諺の意味が変容して来ているとも。要するに「moss(苔)」は付いた方が良いか否か?旧来、「苔=財産」という意味で「放浪者は財産を築けない」という意味合いであったが、マネーゲームに終始する社会では、「根付いていない方が格好いい」ということになり、意味が反転してしまった。その「苔」が国歌となっている国で、放射能汚染によって「苔」を殲滅させなければならない現状を憂いているとも。「苔」と「利権」のどちらが大切かという立場の問題が強調される。「ことばは立場を表す装置」であるということだ。


その後、アーサーの「平和」とことばへの深いこだわりが時間を超過して展開した。「焼夷弾」という漢字語源を考えれば恐ろしい兵器が、「ナパーム弾」と名称を変えてベトナムで使用されて多くの人々の命を奪ったこと。日本人に第二次世界大戦中の「焼夷弾」で焼かれたという記憶を蘇らせない為の名称変更である。実態はどうあれ、政治的立場の人間がことばをすり替えて使用する。「原子爆弾・核兵器」も同じ。広島で被爆した立場の人々からすれば、それは「ピカドン」であるということ。原爆投下という暴挙をどの立場から見るか。アメリカ人であるアーサーが、広島で生活していた被爆者の立場から、ことばのからくりを力説した。

それは今現在も、われわれの生活の中で頻繁に行われている情報操作なのである。「原子力開発」といえば夢のエネルギーを開発しているように映るが、国によってはそれが「核開発」と位置付けられる。「原子爐(炉)」ということばも然り。鉄鋼産業で隆盛をきわめて来た日本において、「鉄鋼炉」からの連想は発展への切り札のように映っていた。

そして最後に、今回の選挙の争点は何かという問い。
新聞各紙が「ねじれ解消か否か」と扱っている時点で結果は見えているとも。
これは過去の、「郵政民営化選挙」や「政権交代選挙」でも同じであった。
「ねじれ」ていてはいけないのか?
マスコミの使用することばに、僕たちは真摯に批評する眼を持つべきであろう。

日本語に未来はあるか?
アーサーの問い掛けに、僕自身の責務を痛感した。
「世界中の言語が共存できる社会」を作り上げるべきだと彼は云う。
日本の一地方の小さな里山でこそ考えるべき重要な課題。
そこには自然との共存が成立している。

僕の生き方を大きく揺さぶったアーサーのことばに感謝。
僕も日本語・日本文学を守る為に、とことん闘いたい。
講演後、彼とのささやかな懇談と握手に僕は力を込めた。


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