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一発試験で決まる春

2010-02-04
3日(水)連日のように入試時季であることを書いている。先日、韓国人のメディア研究者と話す機会があったが、やはりお互いの国での加熱してきた入試のあり方が話題に。更には中国でも長い「科挙」の伝統以来、受験に対する熱はおびただしいようだ。この受験熱というもの、アジアのみの現象なのかどうか?特に、日本人が直面する一発試験による受験というものは、果たして教育や社会構造の上で、意味を成しているのであろうか疑問も多い。

 それまでに学習してきた内容や思考を動員して試験に臨む。どんな試験問題でもどんな状況でも実力が出せるようにしておくべきというのが、一発試験に対処する発想だろう。辛い受験勉強で培ってきた実力は、数時間の試験時間内に全てが集約される。受験者が得意な分野の知識であろうかなかろうが、読んだことのある文章であろうがなかろうが、一つの試験で決定づけられる。そうした試験により幸運な想いをした人もあれば、何度もの悲劇を味わった人もいるだろう。

 受験に至る過程はどうであれ、その日の試験で出来れば合格。答えは一つである。試験で実力を出すだけ。学校生活で、リーダーシップを発揮しようが、利己的に振舞っていようが、運動・文化に取り組もうが、放課後盛り場にくり出そうが、受験当日の試験でできれば勝利者となる。もちろん、推薦入試という制度があり、ここ15年ぐらいはAO入試なるものが試みられているが、ほんの一部の大学を除いて、学校生活を十分に評価できるような制度として、精度の高い入試を行っているとは思えない。むしろその意図としては、早い時期に学生を押さえておきたいという「経営」への思惑の中にある。

 創造的思考に乏しく自分の意見が言えない。そんな日本人像が国際社会の中で指摘されて久しい。学校・家庭に受験産業としての塾が加わり、三位一体でそんな日本人を醸成している。「既存・既得」の殻の中で、果てしない道など思いもつかない人々が何と多いことか。

 自己の経験からも、受験はその後の人生を大きく左右するのは確実だ。であれば国際社会を見据えた、受験と教育のあり方をもう考え始めてもいいのではないだろうか。12歳・15歳・18歳の「春」のあり方が、日本人の習性を導いていくといっても過言ではない。

 ちょうど今、Twitterにこんなつぶやきを見た。「世界遺産が好きな日本人。自分たちの創造が100年後に花開くことなど考えもしない」という趣旨。日本社会を考える上で、「一発試験で決まる春」を十分に考え直す時が来ているのかもしれない。

 更なる「創造性」を求めて、自らも学ぶべき読書を加速しよう!
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