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「断トツ」「最悪」「絶好調」

2013-06-25
「断トツの最下位」
耳で聞き流せば特に気に留めない表現。
だが、よくよく考えてみればおかしな使用法だ。
「断トツ」は「断然トップ」の省略形。
ゆえに「上位」でなければならないはずが、
最「下位」の形容として使用されているからだ。

こんな話題を辞書編集長である大学の先輩が執筆するコラム(日本語どうでしょう?第165回)で知った。『日本国語大辞典 第2版』の用例では、石原慎太郎氏の『死のヨットレース脱出期』(1963年発表)を採用しているという。当時は「断然トップ」と注釈を加えていることから、この時代に生まれた言葉ではないかと当該コラムは指摘している。小欄冒頭に記した例は、以下「つながりやすさNo1へ」と続くある携帯会社の広告からのものである。これを厳密に読むならば、「断然首位の最下位」というように「明らかに意味を重ねた重言」であるという指摘である。

語源が曖昧になり正しい意味から派生的使用法に傾く語彙は多い。古語では「いみじ」などが典型で、「忌み嫌うべき物」という本来の意味から、次第に「甚だしい」という広範な領域で使われる語となり、まったく対極の「とても良い」「最高」という意味合いに至る。「甚だしい」という語彙の多様性はいつの時代も同じで、一時期「鬼・・・」という表現を高校生が頻用していた。例えば「鬼アツ」といえば「鬼のように(甚だしく厳しく)暑い」という意味だ。ところが男子高校生が「鬼カワ」と言っているのを、教員として意味を問い質したところ、「鬼のように可愛い(女の子)」という意味だという。果たして「鬼のように・・・」とはどんな可愛さなんだろうか?まさか自虐的男子たちが、尻に敷かれる願望から性格のキツい女子を「鬼カワ」と言っていたという厳密さがあったかどうか。語彙が感覚を醸成し「草食系男子」の先導となっていたのかは定かではない。いずれにしても「鬼」自身は、さぞ戸惑っていることだろう。

最近、僕も使用してしまうこともあるのが「最悪」。決して「最」っとも「悪」いわけではないが、「少々」厳しい状況・立場になると「最悪」という。例えば学食(カフェテリア方式)で膳の上に味噌汁が運ぶ際に揺れてこぼれたとしよう。たぶん学生なら「最悪」という。本当に「最悪」なのは膳ごと学食の床に全てを”ブチマケタ”とか、更にはそれを他人に掛けてしまったとかいう更なる「最悪」状況が想定されるにも関わらずである。場合によると、携帯電波があまり届かない程度のことで、「最悪」という学生も多いだろう。「最」はまだまだ上手の「最」がたくさん想定できるが、日常には「最悪」が氾濫している。

「絶好調」もそうだろう。現在あるプロ野球チームの監督をしている方が、選手時代によくインタビューでこう答えていた。「絶・・・」は、「絶唱」「絶世」「絶品」「絶妙」などのように「他よりかけはなれて・・・(特にすぐれた)」というニュアンスであったはずだ。「絶好調」な状況などそう簡単には訪れないのだが、これも頻発すると「好調さが持続している」程度の意味になる。もっとも発言していた選手(現監督)は、己のテンションだけは「絶・・・」だったのかもしれないが。周囲が付いて行くか否かは別問題のようである。

ことばは生きている。
使用されながら語源や本来の意味が失われて行くことも多い。
こうしたことばの汎用性を決して否定するつもりはない。
ただ、語源や本来の意味を知っているか否かが重要だ。
その意識を”教養”と呼び、その差が日本語・日本文化への愛着でもある。
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