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バッティングセンターでの快打!

2013-06-24
「ボールが止まって見えた」
かつて「打撃の神様」と云われた川上哲治の名言だ。
プロなら最低でも130Km以上の投球が止まって見えるのか?
という疑問を少年の頃から抱いていたが、
今までに何度かそれに近い瞬間を経験した。

久しぶりの休日らしい日曜日、思い立って以前から気になっていたバッティングセンターに足を運んだ。ボールを打つこと自体がかなり久し振りである。バットを選び革手をはめていざ打席へ。小雨が降り始めていたので、予想通りその機械からの投球は低目ばかり。雨に濡れた軟式ボールは、アームから放たれる瞬間にスリップして必然的に低目となる。

これを知っているのは、学生時代にバッティングセンターでアルバイトをした経験から。雨が降り始めるとコース調整を行う忙しい時間になる。そのセンターには尊敬できる誠実な係員の方が2名いた。1ゲーム200円(1球あたり10円)というお金を払い打撃を楽しむお客さんに、1球たりとも無駄にさせまいとする真摯な態度を見習ったことが記憶に深く刻まれている。

この日は数球、低目にバウンドするほどの投球があった。すると係員の方が気付いて僕の機械を調整してくれた。そこでようやく打てるコースにボールが来るようになった。最初の2ゲームは、感覚を取り戻すだけで終わった。身体も温まった。少々の休憩を入れて更に球速が高い打席へ。その初球、久し振りに「ボールが止まって見えた」のだった。打球は機械のあるボックスの上を綺麗なライナーで越えて行った。爽快そのもので上々な気分。以後、納得のいくスイングを取り戻して打撃に専心できた。

打撃はほぼタイミングが全てだ。来るボールとどのようにシンクロするか。その刹那の間において”計算”ともつかない身体の動きが要求される。もちろん打ち損じも多く出るのだが、その中で何本かでも先述したような快打が出ると、打撃としては”成功”の部類に入る。そんなバッティングの真髄を久し振りに味わってあらためて考えた。生きて行く中でも、幾多のタイミングに遭遇する。打ち損じもあれば、快打もある。どんなに好条件だと思っても、力んでは凡打に終わる。

野球には人生が見える。(と僕は考えている。)
観るだけでなく時に自ら実践することも大切だ。
次はボールを投げたくなった。
「フィルディングセンター」はないので、誰か相手を見つけるしかない。
やはり僕の身体には「野球の虫」が根深く住み着いている。
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