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”顰めっ面”のいるところ

2013-06-17
今月は週末頻繁に東京出張。
その往還にも慣れて来た。
同時にその差が鮮明に感じられることも多い。
「都会ー地方」という二項対立のみで考えるのは危険であるのは承知の上、
社会の歪みが産み出した”格差”の一端が見えて来ることも・・・。

東京に行くと多くの”顰めっ面”に出会う。まずは羽田からの公共交通機関。多くの人が眉間に皺を寄せて携帯画面を食い入るように見る。まず第一の違和感だ。首都圏という範囲を便利に迅速に移動できる交通機関。ほぼ寸分も違わずダイヤが遵守されている。その網の目に飛び込むように階段から走る人々。彼らの顔もやはり”顰めっ面”に他ならない。

個人的にも”顰めっ面”に出会う。眼前にいる対象に自覚がありながら、視野に入れない”空気”を久しぶりに感じ取った。もはや利害関係が殆ど無いという意志表示なのか。(正直なところ、こちらも視野に入りづらい存在であったことを吐露しておこう。)そういえば東京在住の時は、職場でも公共の場でもこうした「視野に入れない”空気”」に出会うことが多かったのを思い出した。時に学生までもが。だが現在、僕が東京に帰る時に会おうとする人々は、大変温かくそして親和的に僕と会ってくれることを付言しておく。

地方大学に来て歓びに感じたことは、構内ですれ違う学生たちが見知らぬ僕にも挨拶をしてくれることだ。もちろん僕も彼らを知らない。だが少なくとも廊下・階段という講義棟・研究棟の中ですれ違う学生の多くが、声に出して挨拶をしてくれる。僕も最近はこちらから挨拶をするように心掛けるようになった。これは都会の大学にはほぼなかったことである。(場合によると、授業を受講していて相互に顔見知りでも都会の大学では挨拶を避ける学生も多かった。)

そんな地方環境では必然的に”顰めっ面”に出会うことも稀だ。
柔らかな笑顔でいることが自然であるところ。
都会であれば、「何を笑っているのか?」と疑問を呈されそうな日常がいい。

”顰めっ面”のいるところ。
「都会ー地方」の”格差”は、
決して「都会優位」ではないことを心得ておくべきだろう。

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