問題を好機に転じる
2013-05-04
2年前、『スタンフォード白熱教室』(NHKEテレ)という番組を観た。「創造力は学ぶことができる」を始めとしてその発想に得るところが大きかった。
即座にいくつかの手法を自らの授業に取り込んでみた。
ブレインストーミンングに根ざした演劇的ワークショップ等々。
今改めてその講義の中心人物である、Tina Seelig先生の著書を読み返してみた。
「人は誰しも、日々、自分自身に課題を出すことができます。つまり、世界を別のレンズー問題に新たな光を与えることのできるレンズーで見る。という選択ができるのです。問題は数をこなすほど、自信をもって解決できるようになります。そして楽に解決できるようになると、問題が問題ではなくチャンスだと気づくのです。」(『What I Wish I Knew When I Was 20』(邦題『20歳の時に知っておきたかったことースタンフォード大学集中講義』阪急コミュニケーションズ 2010年3月刊)P26より。
問題に直面し苦難と感じるか。それとも好機であると捉える視点があるか。その差は大変大きいのではないだろうか。ともすると問題と捉えるべきではないことまでも、問題視しがちな世相の中で。人生は思い通りに行くことの方がむしろ少ないかもしれない。飛び越えるべき障壁があってこそ、人間は思考や行動が鍛えられて行くともいえるだろう。
同書の中で「サーカス団のシルク・ドゥ・ソレイユを例に、学生に常識を疑うスキルを磨く機会を与えています。」(P36)という一節も目を惹いた。それは、サーカス業界が苦境に陥る中で創設され、ことごとく常識の逆を行って成功した一例として興味深い。Tina先生の授業では、映像を観て「サーカスの特徴」を列挙した後に、それを「逆」にして行くというもの。「動物は登場しない」、「高額のチケット」、「物売りはいない」、「一度に上演する芸はひとつ」、「洗練された音楽」、「ピエロはいない」、「ポップコーンもなし」等々。そして「伝統的サーカスのなかで残しておきたいもの、変えたいものを選びます。」となる。こうして発想した「新しいサーカスは、シルク・ドゥ・ソレイユ風になるのです。」という具合である。
IT機器に代表される米国発の革新的な発想は、日本人の多くも虜になっている。ならば、そのような発想の根源がどのように生成されているかも考えるべきではないだろうか。日本の国内に目を向けても、様々な「問題」が山積されている。だが、その多くは「常識」の範囲内で処理されているであろう。政治家などが口にする「・・・することは常識だ。」という類いの発言が端的に物語っている。だが、問題は好機に、常識の逆を行ってこそ見えて来る「新たな光」に注目すべきではないだろうか。
問題を好機に転じる。
精神的にも実に健全な状態が保てる発想法なのである。
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