意図して成し遂げるー江夏豊の哲学
2013-04-14
江夏豊という大投手がいた。記録にも記憶にも残る選手。
彼がシーズン最多奪三振記録を更新した時の相手打者は?
それは好敵手・王貞治であった。
NHK総合「ヒーローたちの名勝負」を観た。老齢となった本人たちの談話を交えて、当時の「名勝負」が「昭和」らしく描かれていた。凝った脚色もなく、映像の使用も最低限。モノクロ写真なども取り入れて時代感を出そうとした番組作りであった。日本プロ野球が、どれほどに当時の日本を痺れさせていたか。それを活力として高度経済成長が成し遂げられたような時代だった。巨人ー阪神という伝統の一戦において、個々のライバル関係にある選手が熱い闘いを繰り広げていたわけである。
特に心に染み入ったのは、江夏豊の意図である。シーズン奪三振記録が達成される可能性のある試合で、王貞治から三振を奪取。本人はそれで新記録だと勘違いをしていたが、ベンチに帰ると記録にはあと「1」だと聞かされる。次のイニングからの江夏の投球が圧巻を顛倒させたような、表現しがたい意図に満ちたものだった。それは「次に王貞治に打順が回るまで、三振を奪取しない。」というものだ。各打者を打たせて取ることを意図して投球する。本人は今回の番組用の談話で「三振を取らなくてもいいんだ、と思った。」とあっさり答えていたが、これを意図して行うあたりに偉大な投手としての誇りと高い技術が垣間見える。
最大の問題だったのは、9番打者投手・高橋一三であったという。空振りにファアルで2ストライク。江夏が”普通に”カーブを投げれば確実に三振であっただろう。それをど真ん中の打ち易い直球を投げて、内野ゴロを打たせる。それも本人談話によると「ヒットは打たせたくない」という気持ちも強かったという。こうした状況の中で、自己の投球を十分に操り王貞治まで奪三振を封印する。そして結果はいわずもがな、王貞治から、しかも王の好きなコース(内角寄りやや高め)に”直球”を投げて、記録を達成するのである。現にこの場面、捕手であった辻はカーブを一旦は要求するが、江夏は首を振り直球を投げ込んでいる。
王貞治の立場からすれば、この時、江夏が首を振った意味も十分に”読め”ていただろう。そして自分の好きなコースに来ることも。試合の勝敗を超えたレベルで高次元なライバル対決が存在していたということだ。プロ野球の魅力とは、こうした機微をファンが味わうということなのではないだろうか。選手はただ打って投げて実績が上がればいいのではない。そして、ファンも打撃や投球の「間」に潜む選手の深い意図を「読み取る」が如く観戦すべきであろう。そこには文章の余白を読み取るような、静寂な心で精緻な享受が求められるはずである。
「昭和」は良かったと懐古主義を語りたいのではない。
「平成」が25年掛けて失ってしまったものを自覚すべきだと思うのである。
江夏豊ー王貞治、
これがぞ日本プロ野球の誇りである。
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