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文化的教職専攻

2013-04-13
大学に入学して大きく変わることは何か?
もちろん自ら選択した内容を学ぶことができることだろう。
だがしかし、「自ら選択した」というレベルがどうなのか?
高校段階の進路指導で為された”決断”も人によって様々であろう。
大学入学後にそれが僅かに、あるいは大きく変化することもある。

僕自身は、文学部に進学しながら教員免許は取得しようと考えていたので、1年生から教職課程の科目を履修した。それが一般教養(当時の課程でこう呼んでいた)科目よりも興味が持てたのも事実であった。だが、教員免許は取得するものの教員と決めつけていたわけではなかった。アナウンサーとか編集者という道も考えなくはなかった。特に前者については、現在僕が研究している領域に大きく関係する。大学時代に自分の将来について様々な選択肢を捨てずに、思考を耕しておくことは重要であろう。

比較的、日本の大学制度の枠組みの中では、歩むべき道が限定されがちである。だからこそ自らの中での模索が必須ということにもなる。また見方を変えれば、現在の状況は次第に「終身雇用」の枠組みも解体しつつあるので、仕事をしてから新たな自分を発見することもある。これも僕自身の体験談になるが、教員就職をして後に研究者への道を捨てきれずに、仕事をしながら大学院修士から博士後期まで修了した。”本気”になれば、いつでも人生の舵を切ることに、遅いということはないのである。

このような自らの歩みを思い返しながら、主に教員志望の学生たちを対象にした1週目の授業を終えた。教員の魅力・歓び・楽しさ・この上ない感激があることを今後の授業を通して伝えていこうと思う。同時に教職のみに目を向けるのではなく、広く文化的教養も身に付けてほしい。「学校」とはある意味「文化」を”伝播”していく場でもある。単純な小手先”技術”だけでは、伝えきれないものがあるというのも僕自身の信条である。「国語」の教員であるならば、深く文学を「読める」教養が必須であるはずだ。

されど、昨今の大学生の読書量は乏しい。昨日のゼミで学生たちと話していて改めて痛感した。根本的に米国の大学等と比べて、日本の大学では課題図書として「読ませる」量が明らかに貧弱なのではないか。大学時代に本を読まずして、どうするのだろう?教員として実習からはじまる”現場”に立つ際に、その大きな礎となるのは自らの読書量ではないのか。どれだけ豊富な引き出しをもっているか。もちろん教材の背景や作者への知識はもちろんであるが。

”文化的教職専攻”
「文化」と「教育」は二分される概念ではなく、
本来、その融合体が「教育」なのではないだろうか。
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